コロナ禍で明らかになった働き方の変容
中村和雄(弁護士)

 コロナ禍はアベノミクスのもとで進行していたわが国の格差と貧困の拡大を顕在化させている。1990年代以降の新自由主義に基づく規制緩和政策によって日本の格差と貧困は拡大したが、コロナ感染症はその格差構造の下部に置かれた人々に深刻な打撃を与えている。産業 や職業、雇用形態によって感染症の影響の度合いに大きな差異がある点で、従来の経済不況とは特徴を異にしている。本稿では、政府統計である「労働力調査」(総務省統計局)をもとに今日の雇用・失業、働き方の変容を明らかにしたい。

  2020年3月から5月にかけての労働市場の変化は劇的である。緊急事態宣言の発令に伴う経済活動の急停止により雇用の収縮が一気に生じた。労働力人口、就業者、雇用者はいずれも急減し、かわりに非労働力人口および完全失業者が増加した。

 同年5月下旬の宣言解除以降、経済活動の再開にともなって、徐々に労働力人口、就業者は回復にむかった。12月時点では労働力人口は年初水準の6900万人に回復したが、完全失業者が増加したため、就業者は減少したままである。12月時点の完全失業者は前年同月より52万人(季節調整値)増えている。

 今回の変容とリーマンショック期を対比してみたい。リーマンショック後の大不況期にも今回を上回る規模の雇用収縮が生じた。しかし、リーマンショック期とコロナ禍の今日ではいくつか相違点がある。リーマンショック期は完全失業者が350万人を超え、完全失業率もピーク時に5.5%に達したが、休業者はそれほど多くなかった。

 これに対し、今日のコロナ危機のもとでは完全失業者、完全失業率ともに徐々に増え、2020年8月から10月にかけて、それぞれ200万人、3%を超えたが、リーマンショック期と比べればかなり低い水準にとどまっている。

 その一方で休業者はかつてないほど増加した(図表2)。特に、全国一斉に緊急事態宣言が出された2020年4月の休業者は597万人に上った。コロナ禍の初期段階はこの休業者の急増が労働市場の大きな特徴であった。リーマンショック期にはみられなかった減少である(図表3)。

【図表2】資料出所 総務省統計局「労働力調査(基本集計)」
【図表3】資料出所 総務省統計局「労働力調査(基本集計)」

 2021年1月初旬に始まった2回目の緊急事態宣言によって首都圏、中部圏、関西圏、北九州圏の飲食サービス関係の経済活動が停止されたため、他の業界にまで影響を及ぼしている。この結果、一旦減少に向かっていた休業者は同年1月に入って再び増加しつつある。

 休業者には休業手当が支払われる。雇用調整助成金の拡充制度の利用によって、使用者は雇用を維持することが可能となった。これが休業者の増大の一因でもある。ところが、休業者の中には、休業手当の支給なしに休業状態に置かれている人々が少なくない。これは 失業者の新たな形態と考えられる。労働政策研究・研修機構(JILPT)が、2020年4月から実施している連続パネル個人調査によれば、同年8月の時点で休業を勤務先から命じられた民間労働者のうち、「休業日(休業 時間数)の半分以上が、支払われた」との回答が半数を超えたのに対し(54.1%)、「休業日(同)の一部が、支払われた」(21.9%)および「(これまでのところ)全く支払われていない」(24.0%)もそれぞれ2割超みられた。

 こうした実態は、とりわけ非正規雇用労働者において顕著である。非正規労働者の権利実現全国会議(非正規会議)が行ったアンケート調査に対し、不安定な地位にあるパート、アルバイト、派遣社員等から、休業手当の支払いもなく休業状態とされている事例が山ほど報告されている(https://www.hiseiki.jp/whatsnew/200406_coronaproposal.php)。

 野村総研が2020年10月時点で休業中の労働者(2163人)を対象に実施した「コロナによる休業者の実態と今後の意向に関する調査」では、休業中のパート・アルバイト女性のうち、実労働時間が1割以上減少したケースの69.1%が休業手当を受け取っていない。実労働時間が7割以上減少した場合でも休業手当を受け取っていないケースが 67.8%に及んでいる。また、世帯年収が低い人ほど休業手当を受け取っていない傾向が高く、世帯年収200万円未満のパ ート・アルバイト女性の77.9%は休業手当を受け取っていない。

 コロナ禍の雇用への影響は特に非正規労働者・女性に集中している。緊急事態宣言の影響で2020年4月の非正規雇用は大幅に減少した(図表1)。2150万人から2019万人へ131万人(男性36万人、女性94万人)の減少である。対前年同月差では97万人(男性26万人、女性71万人)の減少である。5月に一時減少幅が縮小したが、6月から9月にかけてふたたび減少傾向が顕著となった。

【図表1】資料出所 総務省統計局「労働力調査(基本集計)」

 また、解雇や雇い止めに至らないが、シフトを減らされることによって収入が大きく減少している非正規労働者も多い。野村総研の調査(2021年3 月1日公表)は以下のとおりである。シフト減のパート・アルバイト、女性で5割、男性で6割が「新しい仕事を探したい」。うち8割が、現在と異なる職種への転職を希望または許容している。コロナでシフト減のパート・アルバイトのうち、「新しい仕事を探したい」と回答した人は、女性で49.6%、男性で61.4%にのぼった。そのうち、「現在と異なる職種の仕事に転職したい」人は、女性で 23.7%、男性で20.3%である。「どちらでもよい」と「できれば現在と同じがよいが、異なる職種の仕事でもよい」を含めると、現在と異なる職種への転職を希望または許容する人は、女性で79.6%、男性で75.6%と高い割合となっている。

 憲法27条は、すべての国民(市民)に対し、勤労の権利を保障している。ここでいう、勤労の権利は、もちろん「健康で文化的な最低限度を営む(憲法25条)」ことを支えるものでなければならない。

 コロナ禍で一層明らかになったわが国の乱れた雇用のあり方を、いまこそ立て直すことが求められている。ふつうに働けばふつうに暮らせる、そうした働き方をすべての国民(市民)が保障された社会に変えていかなければならない。