対談・インタビュー
第3回 山元歩美さん
(中京民主商工会 事務局長)

 中京民主商工会創立70周年の事業として、会員から募集した「聞き手」が、34人の商人、職人さんたちから聞き取りをして、地域の生活史として本にまとめたものです。

 まちの本屋さん、とんかつ屋さん、象嵌職人、カメラマン、絵付師、喫茶店、レコ―ド店、歌手、税理士、露天商、理容院、スナック、てんぷら屋さん等々、多彩な業種の商人、職人さんが登場します。私たちの生活がこのように多様な人達の生業の上に成り立っていることに気づかされます。

 お店の奥にあがらせていただき、お茶を飲みながら話を聞くような雰囲気の中で語られる個人史、生活史からは時代の息吹と、地域社会の繋がりを豊かに読み取ることができます。そんな本「商人・職人 生活史」を作った山元さんへのインタビュ―です。

インタビューアー:編集部 池田豊

 はじめに中京民商さんが商売をされている方の生活史を本に綴ろうと思われたきっかけからお聞きしたいと思います。

山元 中京民商は1952年に産声をあげ昨年、創設から70周年を迎えました。会員さんからは準備段階から記念式典は盛大にやりたいといった声もありましたし、「記念誌」の発行も企画されていました。一方でコロナ禍のもとでここ数年、中京民商も若い会員さんが増えてきていました。そういった若い会員さんたちも記念事業の企画・運営に積極的に関わり、準備段階の会議の中で「本をつくってみたらどうですか」という声があがったのです。古参の会員さんの経験と若い会員さんらしいアイデアと突破力が融合したかたちで、この本が生まれました。

 「記念誌」ではなく「本」となると、みなさん戸惑われたでしょう。中身のイメ―ジが湧きにくいから・・

山元 そうですね、「記念誌でいいじゃない」といった声もあがりましたが、提案された本好きの方が、1200ペ―ジ以上もある分厚い「東京の生活史」(筑摩書房)いう本を紹介してくれたのです。東京在住の普通の暮らしをされている方の話をまとめて本にされたものなのですが、「これと同じように民商の会員さんから聞き書きをしてまとめれば面白いんじゃないか」というわけです。よく考えてみると、中京民商はこれまで「商売を語る会」の取り組みを長く続けてきました。これは一人の会員さんのお話を聞く会です。お店を継いだ背景、自分の人生観、現状とこれからの方向などを1時間程度語っていただく会です。内容が濃いものですから冊子にまとめて会員さんに配布したこともあります。

 「東京の生活史」と共通点がありますね。

山元 そうですね。「東京の生活史」を参考にしながら「商売を語る会」の取り組みを整理してみると、それまでぼんやりとしていた本のイメ―ジが見えてきました。中京民商をつくり、今日まで発展させてきたのは一人一人の会員さんですから、そこに焦点をあてて本にしてみるのもいいんじゃないか、ということになったのです。私自身、まさか本をつくろうとまでは思っていなかったのですが、みなさんの話の流れに勢いがあり決断しました。本にすれば会員さん以外のみなさんにも広がるでしょうし、中京民商の宣伝にもなりますからね。

 「商売を語る会」の経験があるからでしょうね。出来上がった本に目を通して見ると実に面白いですね。

山元 「励まされた」、「同業じゃないけれど自らの商売のヒントになった」といった声がよく寄せられています。私自身も、民商って一人一人の人が自ら社会をつくっているという組織なんだということが分かるような本にしたいと思っていました。

 とはいえ企画段階から実際に具体化となれば、結構ハ―ドルは高かったのではありませんか。

山元 やはり語ってくれる人、話を聞く人を揃えることが大変でした。業種でいえば中京民商は飲食・理美容関係、クリ―ニング屋さんが比較的多いのですが、少し業種が偏りがちになってしまうのです。あと男女比や年齢も加味しないといけません。どうしても比較的高齢の方に偏りがちになりますからね。京都で何代も続いている方のお話も面白いのですが、他所から来て京都で起業した人の話も棄て難い。そういったバランスを考えながら全体のイメ―ジをつくっていきました。実際は聞き取った内容を原稿にするのが大変で、結構四苦八苦しましたね。(笑)

 いろんな業種、ベテランから若者まで登場しているから読み手も惹かれていきます。特定の業種、ベテランばかりですと、どうしてもパタ―ンが決まってしまいがちになりますからね。

山元 女性事業主を探すと美容師さんばかりになってしまったり・・(笑)、聞き手の人が文字起こしをして皆でチェックするのですが、これも時間を要する作業でした。

 聞き手の人はどのように確保されたのですか。どう話し手から話を引き出すかといったところも難しかったのではないでしょうか。

山元 聞き手の方にも向き不向きがありますね。「東京の生活史」の岸政彦さんは身近な人の話を聞いて記録に残しておくことを推奨しておられますが、やはり聞き手と話し手の信頼関係がないと難しいことも事実です。ですから聞き手の方を募集する際、「どの業種の方のお話を聞きたいですか」といったかたちで選考しました。最終的には一本釣りも含めて9人の聞き手の方が組織できました。

 募集した聞き手のみなさんには基本的なマニュアルのようなものを渡して?

山元 そういったものはありませんでした。でも「あなたにとって中京民商はどういう存在ですか」といったような、ありきたりのことは聞かないでほしい、記念事業ですが、中京民商の話は一切出てこなくてもいいから、ご本人がいちばん話したいことを聞いてあげてほしいと伝えました。それだけです。

 それはおもしろいですね。

山元 民商の話をするよりも、一般の方が読んでいただいて何か感じてもらえるような内容にしたいという思いが強かったですね。

 おおよそどれくらいの時間を目途にお聞きしたのですか?

山元 約1時間くらいです。書き起こして4000から5000字程度にまとめています。なかにはコテコテの京都弁で相槌を挟む余地もないという難しい方もおられましたが、話はとても面白かったです。マニュアルなどがないので却って面白い面も出たのかなと思っています。中京民商の会員さんである前に京都で起業しておられる一人の事業主さんですからね。そこは大切な部分だと思っています。

 語り手と聞き手、すりあわせは無くても言いたいこと、聞きたいことは通じ合えるものなのでしょうね、 聞く方も自由に、語る方も自由にしゃべれますから。お店の奥でお茶でも飲みながら語り合う・・親子代々、地域とのつながりを通して商売を守っていく過程などからお店のある地域の状況が手に取るように分かります。

山元 みなさん、本当は自分ことをもっと知って欲しい、しゃべりたいという思いはあると思います。なかなかそういうタイミングがなかったのです。

 とはいえ本にするには費用もかかります。そのあたりはどのように考えておられたのでしょう。

山元 10年を区切りに記念事業は取り組んでいましたから、記念事業に伴う予算は組んでいました。本をつくるだけの記念事業ではありませんから、財政面ではさまざま議論がされました。そういったなかで中京民商では、昨年春から青年部主導で経営セミナ―をやっていて、名刺の作り方からSNSの活用などをシリ―ズで開催してきました。メンバ―のなかにSNS、クラウドファンディングの活用などを経験した方がおられて、クラウドファンディングを活用して、私どもの本も一般書店に並べられるようなかたちにしていこうじゃないか、と提案がされたのです。目標は100万円と決めて踏み出して、50数万円は確保できました。ですが、いま作ったぶんは売り切らないと収支トントンが難しいのが現状です。

 出来上がった本の内容と合わせて表紙も素敵ですね。

山元 ありがとうございます。本のサイズ、紙質、カバ―をどうするか、皆で話し合って決めました。装幀のデザインもグラフィックデザイナ―の会員さんの手によるものですし、写真、イラスト、ハンコなども会員さんの協力を仰いでいます。

 読ませていただくと、いろんな人たちで地域社会、私たちの暮らしが成り立っているんだなとつくづく感じます。中京民商が岡田知弘先生などとともに取り組んできた地域内経済循環が、お金の循環だけではなくこういった人たちの結びつきによって、地域内経済循環を生み出すということがよく分かります。天ぷら屋さんが「年寄り向けの商店街だし、年金月だけ売り上げがいい」と、本の中でおっしゃっていましたが、地域における年金経済の重要性に気づかされます。こういったお話が形を変えて随所にちりばめられています。中小零細企業は浮き沈みも大きいでしょうが、全体としては地域の経済力が増していくわけです。人のつながりがつくる地域内経済循環について、山元さん自身が感じられたことってありますか。

山元 商店街に入ってお店を経営されている会員さんの話からは、地域の皆さんにとって無くてはならないお店なんだという自負、お店を続けることで社会に貢献しているという自負をすごく感じます。本のなかで、美容室を経営されている方が「髪をカットするだけが仕事じゃない。地域のなんでも屋さんになりたい」と話しておられますが、本当に地域の人たちとのつながりづくり、土地に根付いてその場所でがんばるという自信を感じさせられますね。また会員同士でも、お隣の高齢の会員さんのところへお昼を届けてあげたりといった、ほんわかとするエピソ―ドも綴られています。届けている会員さんは「近くに高齢で単身の方がおられて、うちの店を頼りにしてくれているんだ」と、その場所で商売をすることに意義を感じておられます。まだまだ地域社会には至る所に温もりが残っていて、ギスギスした社会状況のなかでも生きていく支えになっているんだと、改めて感じさせられますね。地域の人たちが利用してくれるお店って、そういう魅力があると思います。年金が下りた月に商店街で買い物をするというのも、そういうことじゃないでしょうか。自分が住んでいるところに行きつけのお店がある、よく知った人がいる、そういう安心感もあると思います。チェ―ン店では味わえない、お互いを認めている人同士の温もりがあるからではないでしょうか。

 本のなかで山元さんのお気に入り、イチ押しのようなお話は言いづらいですか?

山元 すべてが、と言いたいのですが・・そうですね、居酒屋を経営されているFさんのお話がおもしろいかなぁ。掲載したのは文字起こしした分量の3分の1程度ですが、とにかくお店を切り盛りされているだけに話が面白いのです。引き込まれてアッという間に時間が経っていました。コロナでお店を休まないといけなかったのですが、Fさんは心労もあったのか体調を崩してしまったのです。やはりお店でのお客さんとのつながり、コミュニケ―ションが途絶えたことが大きかったと思います。店と客と言えばそれまでですが、言葉や表情のやりとりが織り重なって醸し出されてくる温もりは、あらゆる場面で力を発揮してくれると思います。人の背中を押してくれます。あと、私は他県から京都にきたので、一人一人の会員さんのお話がとても京都っぽく思えて新鮮でしたね。

 山元さんは京都のご出身ではなかったのですか?

山元 はい、茨城県の水戸出身です。 大学を卒業してから京都にきました。

 そこで中京民商に縁ができたわけですか?

山元 私の夫が家の近くに行きつけの居酒屋さんを持っていました。そのお店が民商の会員さんでした。結婚して間なくに「事務局員を募集しているよ」と、お店の方から声がかかったのが始まりです。いま民商で7年目ですが、充実した毎日です。私自身、民商で働いていなければ個人商店にそう足を運ぶこともなかったんじゃないかとさえ思っています。いろんな人、いろんな商売があってこそ暮らしが成り立っているんだなと、まだまだ面白く勉強中です。会員さんの確定申告や経営の相談も受けるわけですが、中小の個人事業主のおかれた状況は本当に厳しいと感じています。税金の仕組みなどを民商で学んで基礎控除がめちゃくちゃ低いなとか・・お店もよく行き来しますし、経営者もみんな顔見知りですから大変ななかがんばっておられる会員さんたちが、本当に笑顔で商売ができて安心して暮らせるよう、私の仕事に誇りを持って毎日過ごそうと思っています。

 興味深い話をありがとうございました。

*本の申し込みは中京民商(℡ 075-231-0101)まで。