コロナ便乗の京都市の都市計画規制緩和
中林 浩(都市計画家)

 京都市域はこれだけの美しい山や川に囲まれ、落ちついた町並みと貴重な社寺などの文化財をもちながら、景観がどうしてどんどん損なわれていくのか。ヨーロッパの各地の大都市と比べてみても守られ方に格段の差がある。2018年秋からの京都の都市計画行政おいて、またしても開発幻想がもちだされての規制緩和がなされようとしている。

あらためて浮上した規制緩和

 京都の都心居住地は織物業や染色業の家内工業が2階建の町並みの中で営まれてきて、世界の大都市では例を見ないほど奇跡的にも発達していた。これは都市の形態としてもすぐれていた。それをどんどん崩していってきていたのだ。21世紀にはいって行政もその愚かさに気がつき始めて新景観政策がうまれた。新景観政策は歴史の必然であった。2004年にできた景観法をきっかけとして住民運動の主張してきたことが新しい政策となったのだ。

 最大の特徴は都市中心の幹線道路沿い以外の地域の高さ規制が31mから15mになったことだ。もう一つの大きな特徴は都心の西部の壬生、西ノ京のあたりまで景観地区に指定されたことだ。新景観政策から十余年経って、2018年秋から京都市が大幅な規制緩和を打ち出してきた。京都市が「五十年後百年後を見越して」新景観政策を実施するといっていたのだが。京都市は景観政策見直しのための委員会を設けた。そこの議論によると、「現在、新景観政策の基本方針の一つであった都市の活力の向上の観点からは、看過できない現象が生じていることは確かだ」というのだ。建物高さの規制緩和をして「人口減少」「若者の流出」を防ぐのだというのは根拠のない詭弁だ。

建物を高くしてよいことなどはない

 2019年6月に都市計画規制の緩和をねらって配布された京都市の「都市計画ニュース」によると「あらゆる対応する「レジリエント・シティ」の構築や、持続可能な社会を目指す世界共通目標「SDGs」の取組にもつなげてる」というが、あまりにも唐突感がある。SDGsを意味不明のままもちだしているといわざるをえない。

 インターネット上の百科事典ウィキペディアの「下京区」では「早くから業務地化が進み、人口は30年以上にわたってドーナツ化現象により減り続けていたが、1995年以降都心回帰に伴う居住地再整備やマンション建設の増加に伴い再び人口が増加傾向に転じている」とあった。都心回帰現象で高層マンションが増えて人口が増加したというのは誤りである。高層マンションが増えつつ人口が減ってきていたのだ。「高度成長期に業務地化が進み人口が急減し、1980年代には高層マンションが増えたが人口は減り続けた。1995年以降都心回帰現象により人口が増加傾向に転じている。この時期には建物高さ規制をきびしくし居住性を高めている。2005年に行われた国勢調査においても、隣接する中京区や南区などと並び人口増加区のひとつとなった」というのが正しい。2019年3月13日からこう正されている。

高層建築が人口を減らしたのだ

五条堀川 高さ規制を緩めてもこういう景観が広がるだけだ

 高度成長期の高層ビル、1980年代からの高層マンションの林立はけっして人口を増やしはしなかった。建物が低いほど人口も多かったのだ。中京区だけみても戦前の人口は20万人近く住んでいた。高い建物が建ち始めて高度成長から1990年代へと9万人まで減少した。かつて京都の中心部、現在の上京・中京・下京3区の範囲では60万人ほど住んでいた。このころはほとんどが2階建だったはずだ。戦後高い建物が建ちだした1960年代から人口は急激に減ってくる。高度成長の末期1970年には3区で37万人、バブル崩壊のころには25万人へと減っていた。

 若者の流出についても全国から京都の大学へと入学し、卒業すれば活躍できる各地に散らばっていくのは当たり前だ。そういう若者を育てているのが京都であって、そのことを若者流出というのはおかしいだろう。オフィスも建物を建てればそこに働く人々が増えるという単純な問題ではない。京都の場合は、伝統工業や商店街、そしてオフィスの需要が生まれ出る構造を作り出さなければいけない。端的に言えば、中小企業をきちんと育てていくことだ。そういう施策を抜きに、規制緩和で空間を増やせば働く場が増えるという考えは現実的なものではない。

 しかし、京都市は2020年4月御池通沿いや五条通沿いでほかいくつかの地域で建物高さ制限や容積率が緩和した。

民間施設にも拡大する特例許可制度の問題点

 第二弾の規制緩和は2021年3月に行われた。

 建物高さ制限の緩和の特例を民間施設にも拡大するということだ。それまでは病院など公益的な建築に限定していた。今回特例にする根拠に「まちづくりに貢献する建築物」というあいまいな基準が加えられた。端的にいってどんな建築でも特例を認めようということだ。逆に、そのほかの建築はよい町を作るのに貢献していないのかということになる。あたりまえすぎる基準はかえって危険だ。

 従来の規則で特例が許可されたのは十数年で9件だ。それなりにハードルが高かったということができる。「まちづくりに貢献する」というのは当然すぎる表現なので、どんな建設活動も容易に「貢献する」と詭弁を使うことができる。乱開発を促進しそうな構想が前もってあった場合、それに合致しているならば基準以上に高い建築にゴーサインが出せるということになる。

 この間の市の政策で「小さなまちの集合体である京都の都市特性に合った仕組みをつくる」という文言を振りかざしている。小さい単位で秩序だった町をつくるのは都市計画の基本理念だ。この意図は全市的とか広域の合意がなくても、当該地域の自治連合会などだけの合意をとれば特例を認めようということだ。

4階建のすすめ

 京都市の文書には「京都ならではの」というフレーズがたびたびでてくる。しかし、「京都ならでは」とは何なのかは、必ずしも語られてはいないのだ。京都の特質の一つは、大都市でありながら山紫水明の地、山が良く見えて川も美しいということに加えて、低層高密の中心部をもつということだ。中心部の市街地に2階建の建物に人が住んで、伝統工業が行われていることだ。工業と一体となって人々が密度高く住み、そして生活をささえる商店街がある町を実現していた。商工住が混ざっている(ミクスト・ユース)というのは、世界の都市計画で普遍的に重要だとされるようになってきている。いまなお商工住が混在していて、小学校区や元小学校区でいろいろな団体を作り住民がいろいろな活動をしているのが、「京都ならでは」の特徴だ。その構造をどのように守っていくのかという観点はない。それどころか小学校跡地をホテルにしようとする例が相次いでいる。

コペンハーゲンのメインストリート 経済好調の首都でも中層の町並み

 町の形のうえで重要なのは、建物高さを住宅地で2階建、都心や商業地で4階建を基本とすること、駐車場だらけの町にしないことが重要だ。このスケール感がオフィスを含め人が多様に活動でき、人がたくさん住める効率的な町を作りあげることになる。デンマークやアイルランドは一人あたりの所得で日本を大きく引き離しているが、首都でも4階建の町並みを堅持している。4階建というのは世界的にも普遍的な重要な規準だ。京都でも高さ制限15mの区域でのオフィス、事務所ビルはまちを一番効率的に使っているようにも見える。規制緩和をしたらオフィスができるというものではなく、高い建物や駐車場が増え、その谷間に取り残された2階建の建物があるというような、もっとも活力に乏しい景観が生み出される。

 そして建築でも工作物でもすでにあるものは、可能な限り修復して使うのを徹底することである。長く大切に使うとか、丁寧に手を入れるということが、にじみ出るような町の美観をつくり出す。

住民参加のまちづくり

 そして、なによりも住民参加で町を作ることだ。これまで起こってきた建築紛争・反対運動は貴重な財産だ。まちづくり運動はたいへんシビアだ。役所や業者は仕事時間を使って応対するが、運動の側は手弁当で夜の作戦会議でことをすすめる。それでも楽しい。運動ではたたかうために地域の歴史を調べたりする。すると多様な発見があり、知的な充実感を得られる。知り合いでなかった人と親しくなるし、各地で運動をしている人とも連帯する喜びがある。京都をよい町に仕上げて行くには、これを広げることにつきる。