仁和寺前ホテル建設計画は、いま重大な局面を迎えている
2021年3月25日、専門家、文化人が呼びかけ人となって「仁和寺前ホテル計画の見直しを求めるアピール」が公表された。
(以後、賛同者を募っている。https://ninnajiappeal.com/index.html)
アピール公表の翌日、京都市産業観光局観光MICE推進室は、事業者・共立メンテナンスに地域との合意形成書を提出させ、急ピッチで上質宿泊施設として候補選定をした。
3月31日 有識者会議開催
4月19日 上質宿泊施設として候補選定
メディアが「上質宿泊施設誘致制度適用第一号」「京都市が御墨付き」と大きく報道したことで、もう決まったかのような誤解も生まれている。建築基準法の48条、特例(延床面積は基準の倍)許可は「住環境を害するおそれがない」ことが要件になっている。詳細は省くが、静かな住宅地に大型宿泊施設を誘致して、住環境に影響がないはずがない。まして、世界遺産門前のバッファゾーンへの大型宿泊施設計画である。
最初の情報は、報道が先行した
仁和寺門前へのホテル建設計画が知らされたのは、2019年6月4日~5日の新聞報道とTV放映だった。事業者(株・共立メンテナンス/東京)の計画と、協議を進めてきた「仁和寺門前まちづくり協議会」理事長および副理事長のコメントが、新聞やTVで大きく報道され、拡散・再生された。情報は2021年(今年)5月ごろまでネット上を賑わしていたが、現在はすべて削除されている。
当時は、当該地の看板(まちづくり条例の2018年6月18日説明会案内)以外は、対象地域外の住民や市民には何も知らされなかった。「地元との協議を経て2020年から工事着工、2021年8月開業」と報道されたことで、住民や市民のなかで既にホテル建設は決まったものであるかのような誤解が生じた。報道の先行が誤解を生む見本のような例である。
まちづくり協議会の住民からの疑問
報道直後、協議を進めてきたとされる「仁和寺門前まちづくり協議会」(約70軒)に所属する知人から、疑問が投げかけられた。
「『仁和寺門前まちづくり協議会』が2016年に結成された。大学の協力を得て地域の記憶地図作成を進めたり、通学路での子どもの安全確保なども語られたり、御室地域に対する熱い思いの意見が多く出された。幟を立てコンビニ、ガソリンスタンド反対の意思を示した住民自治意識の高さに奮起させられるものがあった。ところが、ホテル建設は進められているという。当協議会の趣旨であった、閑静な住宅地環境、世界文化遺産仁和寺のバッファゾーン、古都の景観を守る、そして通学路の安全、静かで文化的な暮らしを守ることが、仁和寺の門前に24時間営業のホテルを建設しても可能なのか? 拙速に走らず、幅広く丁寧な運びを千年の歴史は求めているのではないか。歴史的な御室地域の後世に悔いを残してはならないと思う」
看過できない、とても大事な発信だった。
その後、私たちが京都市に申入れや陳情、請願をするなかで、市の担当部局(産業観光局観光MICE推進室)が繰り返してきたのは「地域が望んでいる。長年空き地問題に苦慮されてきた地域住民が20回以上協議を重ねて積み上げてきた計画だ」ということであった。果たして地域は本当に望んでいるのか。20回以上の協議を進めてきたのは誰だったのか。
物言えぬ町で…
私たちは、2020年9月の地域訪問を皮切りに、合意形成対象とされる地域(実質約200軒強)を3回訪問している。協議会に所属する70軒ほどの住民は、門扉を閉ざす人も多かったが、通りで出会う頃合いで話しかけると「実は反対だが、表だって言いづらい」との答えが返ってきた。協議会内は、「物言えぬ町」になっているのでは? というのが、私の率直な感想である。
一方、協議会内にも私たちの訪問を快く迎えてくれた住民もあった。「総会には出ていたが建設自体を承認した覚えはない」「総会で説明は聞いたが、是非を問われたことがない」「理事会が誘致に傾くと止めようがない」そう口々に訴えられた。その後はっきりしたのは、20回以上協議したのは、理事6-7名だったということである。
また協議会に所属しない対象地域の住民(事業者は配布280軒と報告しているが、実質210~220軒)は、「協議会が了承したので決まったと聞かされていた」と、ここでも認識のずれが生じていた。ボタンが掛け違ったままコロナ禍を理由に説明会が割愛され、計画書が対象地域に数回投函された。この経過を、のちに公表された上質宿泊施設候補選定の有識者会議(2021年4月19日)では、「事業者による努力」と評している。
規制の多い地域に、ホテル建設計画がなぜ浮上?
もともと低層住宅地だった当該地は、相続などで売買された結果、現在、中京区の不動産、資産運用コンサルタント会社がすべて所有している。事業計画者は(株)共立メンテナンス(東京)。
仁和寺の周辺は、世界文化遺産の緩衝地帯として、風致地区、特別修景地域、歴史遺産型第1種地域に指定され、建築物を建てるには、多くの規制がある。
周辺住民がコンビニ・ガソリンスタンド計画を撤退させたあと、地域景観づくりの住民組織として、仁和寺門前まちづくり協議会を結成し、2016年7月7日に京都市から「景観づくり計画書」の認定を受けている。
その2ヶ月後からの動きを時系列でたどってみよう。
平成28年(2016年) 9月 7日 「京都市宿泊施設拡充・誘致方針(仮称)」意見募集
平成28年(2016年)10月31日 「京都市宿泊施設拡充・誘致方針」 策定
平成28年(2016年)12月14日 (株)共立メンテナンス 土地の債権取得
平成29年(2017年) 3月12日 協議会第2回定期総会(ホテル計画、口頭にて提案)
平成29年(2017年) 5月 1日 「上質宿泊施設誘致制度」策定
誘致前提で、京都市と事業者が2016年から着々と準備を進めてきたことが見て取れる。空き地に苦慮してきた住民が意気高くスタートしたまちづくり組織に、特例前提の宿泊施設を薦め、制度までつくって「お膳立て」をしたのが、本来、景観を守るべき京都市だった。
京都市内で「観光公害」を引き起こすほどの宿泊施設誘致政策が、国策に大元があることは広原盛明氏(元府立大学学長・アピール呼びかけ人)が指摘されている。
有識者会議の講評と京都弁護士会の意見書
私たちの活動は誘致を望む側にとっては、極めて疎ましいものであったに違いない。有識者会議の講評は私たちを「残念だ」とあからさまな表現で記述している。
突っ込み処満載の有識者会議講評に、私は大いに憤慨したのだが、京都弁護士会が市に提出した意見書(2021年6月25日)を読み進めるうちに目頭が熱くなった。講評への見事な切り返しに、溜飲が下がる思いだった。
この運動を通して親しくなった地域の方のひとことが心に残っている。「東山連邦に陽が昇り、西山連邦に沈む、そのまんなかに仁和寺がある。奇跡のようなこの空間を大切にしないと」双ヶ岡と一体になったこの光景は、人びとがくらしの中で慈しんできた歴史的な佇まいだ。生活者の視点は、プレゼン用にうまく作られたシミュレーション写真とは違う。
今ならまだ引き返せる
事業計画者の共立メンテナンスは、守口市での学童保育受託事業で、不当労働行為により中労委から命令を受け、この5月18日京都市からも入札停止処分を受けた。問題の多い企業を「上質」として引き入れてはいけない。今ならまだ引き返せる。
(参考)
京都市上質宿泊施設誘致制度
https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000218511.html
上質宿泊施設候補選定
https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000283736.html
京都弁護士会意見書
https://www.kyotoben.or.jp/pages_index.cfm?s=ikensyo
京都新聞 候補選定記事2021.4.20
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/550707
朝日新聞 計画を協議記事2021.6.1
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20210601002258.html
国土交通省観光庁2021年6月18日
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