こうやって、賃金も地域経済も底上げする。~コロナ禍で見えた経済政策のあり方
梶川 憲(京都総評議長)

コロナ禍で、働けない、働いても「ふつうに暮らせない」悲鳴

 「影響率」という数字が労働局にはあります。京都の最低賃金の引き上げで影響を受けた労働者が、京都にどれほど居たのかの割合です。一昨年の改訂で27円改善し現行の時間額909円(昨年は改定0円)になった時の影響率は、18%でした。つまり京都の7人に1人の労働者が、改善幅の間の賃金で働いていました。

 コロナ禍は、この労働者を直撃しました。仕事がなくなったり、休業になり、賃金が減ったり止まった途端、貯えもなく、食料にも困る「暮らせない」状況になり、生活困窮の訴えが激増しています。困窮の訴えは、とくに非正規労働者、女性労働者が多く、飲食業や小売り、観光業などで仕事を失い、コロナ感染の心配や子育てなどで、就労活動すらままならない悲鳴が広がっているのが、この間の労働・生活相談や食材支援活動で浮き彫りになりました。

コロナ禍で露呈した低賃金の影響~本来あるべき賃金水準は?

 この間、京都総評は、ハローワーク前でアンケート調査を行い、食材プロジェクトや相談会での声にふれてきました。コロナ禍を一年半過ごしてきて、労働者の暮らしはギリギリです。ハローワークは、様変わりで、幼稚園・保育園時間に合わせて、多くの女性労働者が来所されます。アンケートには、悲鳴が切々と書き込まれています。

 「給付額が少ないので、ギリギリで困っている。シングルで両親と双子の子どもの面倒を見ていて、両親の年金も自営だったので生活に困っている」(50代 女性)

 失業した時の給付は、最低賃金近傍で働いていれば、これを割り込む水準の給付では到底暮らせないし、社会保障・年金も頼りにできず、家族全体が悲鳴をあげています。

 「月収17万円、妻と子どもがおり生活が大変、子育てで妻は働きに出られない」(27歳 男性 福祉施設勤務)エッセンシャルワーク、福祉・介護労働の実態がここにあります。

 介護や福祉関連、輸送・コンビニやスーパーなどで多くの労働者が最賃ギリギリで働いて、コロナ禍の国民生活を支えてくれていますが、需要があっても労働者が集まらない、技術も継承できない。低賃金と劣悪な労働が原因です

 「ワクチン接種がまだなので、基礎疾患があり能動的に就活できない」(金融保険業を離職した女性)コロナ感染拡大で、いわゆる労働市場から出ざるを得ない人がいかに多いかは、求職活動を対象とする政府統計からは、出てきません。

 「生活(人生)において仕事にかける割合と賃金(対価)が釣り合っている求人がなかなか無い」(このコロナ禍で非正規社員を雇い止めされた20代女性) アンケートの欄外に、―― 帰宅途中で紙がぐちゃぐちゃになってしまいました…申し訳ありません…とありました。しわを伸ばしながらアンケートを記入してくれた働く仲間の思いに応えることが、私たちにも、この社会にも求められています。

 コロナ禍で日ごろの賃金の低さを実感する労働者が急増しています。残業代がなくなって基本賃金の低さを実感との声や、6割程度の休業手当では、到底暮らせないとの悲鳴があがります。休業手当や失業給付でも、普段の賃金水準が問われます。休業したときは仕事の再開まで、失業したときでも次の仕事に就くまで、まともに暮らせなければなりません。どんな状況になっても、「暮らすに必要な最低賃金」をつくることは、いますぐの課題になっています。

 本来必要な賃金水準とはどんなものか。「8時間働けばふつうに暮らせる賃金と働き方」「健康で文化的な最低限度の生活(憲法25条)」など、憲法はもとより、労働組合のスローガンでも、色々言ってきました。しかし、「ふつうに暮らす」感覚がみんな違うので、「あるべき姿」を描いてみる――職種も年齢も地域も多様な京都の労働者を対象に、「求められる暮らしに必要な賃金」を調べたのが最低生計費調査(2019年度実施)でした。

 結果は、20代単身者が京都で普通に暮らすためには時間額1,600円・月24万円以上、30代子育て世帯で月48万円必要(※別表)という数字で、その報道はSNSで駆け巡りました。

※一時金込で、必要となる月給例

 1995年の財界による「新時代の日本的経営」路線以来、労働者の賃金や雇用を犠牲にして、大企業が儲けをため込むゆがんだ経済は、コロナ禍で、もう限界です。

最低賃金を改善できる環境づくりこそ、政府の責任~提案へ多くの賛同

 最低生計費で本格的な最賃改善が必要であることが明らかになりました。そして、最賃改善と地域経済を両方すすめる為には、実効的な中小企業支援がカギになります。

 どんな中小企業支援制度が求められているのか。日本商工会議所が2019年に行なった最賃の影響調査の中で、「最低賃金引上げに対応するために必要と考える支援策」で「税・社会保険料負担の軽減」が65%とトップでした。私たちは、昨秋、「中小企業・小事業者への政府の支援策を社会保険料の負担軽減と消費税減税で行う提案」をもって、京都府内全域の経済団体と懇談してきました。この提案には賛同が広がり、各地で地域経済再生への努力と合わせて、国の役割が話題になりました。そして、今年の最賃改善の目安答申が出た途端、「政府も役割を果たせ」(朝日)「コロナ不況下でこそ、政府は最低賃金を引き上げる環境を整えなければならない。それが、経済の底上げにつながる」(毎日)などの報道が相次ぎました。まさに、「改善された最低賃金の支払い環境は政治がつくる」この合意は、コロナ禍の中だからこそ踏み出せるとの確信を持ちました。

 最低賃金の改訂時の中小企業支援は、現在、政府の「業務改善助成金」制度がありますが、これが使えません。あれこれの条件があり、先に投資したことへの補助でしかなく、「先に出せる金があれば苦労しない」「条件にかなうところだけ支援し、あとは淘汰なのか」との声があちこちであがっています。京都府内で年間40件ほどの利用にすぎません。

 先日、全労連の中小企業庁への要請に参加して、最賃改善のための中小企業支援策の抜本転換を求めましたが、中小企業庁は、「おっしゃる提案は韓国がそうだが、それでは中小企業が、助成金頼みになってしまう。政府はあくまで生産性向上を支援する方針だ」。つまり、菅政権は、「骨太の方針」に「生産性向上に取り組む企業へは、賃上げしやすい環境整備の支援をする」と明記しましたが、最賃改善について来れない中小企業は淘汰する方針(2020年に政府の成長戦略会議の議員で菅首相のブレーン、アトキンソン氏らの論)なのです。これは最賃の目的外使用です。菅政権の経済政策では、地域経済も労働者も、職場・地域丸ごとつぶされてしまう危機感が広がっています。

 労働者の消費購買力が高まり、地域にお金がめぐるまで、直接に無条件に公平に地域の中小企業・小事業者を支援する制度が、多くの皆さんから待たれていますし、経済政策の中心となる規模が要ります。改善された最賃を受け取る労働者も払う経営者も、地域経済の主役です。国がこの両方に責任を果たす国にすることです。

地方の声はここにある~府議会全会一致の意見書、最賃京都地方審議会答申でも

 いま、支払えないので最低賃金改善に反対すると、日本商工会議所などが抵抗しています。しかし、その矛盾を労働者に負わせては何の解決にもなりません。最低賃金引上げの環境づくりは、政治の課題だからです。そのことを明確に提起した二つの新しい文書があります。

 ひとつは6月京都府議会で「コロナ禍で影響を受ける中小企業、個人事業主、働くひとたちへの経済対策・緊急支援対策を求める意見書」が全会一致で採択されたことです。「意見書」曰く「経済活動を維持し再開していくためには、働く人たちの経済的困窮を食い止める『引き続き適切かつ着実な最低賃金引上げを図るとともに』、『中小企業、個人事業主に対する直接的に負担を軽減する方策の推進で引上げができる環境整備に努める』など、実効性のある支援が不可欠である」、その具体策として、「中小企業、個人事業主に対する、国税、地方税、各種保険料の減免や猶予等の措置を講ずること」と述べられ、結びに「国におかれては、中小企業、個人事業主の生業を維持し、健全で持続的な発展に資するとともに、そこで働く人たちの雇用と暮らしを守る、困窮する女性をしっかりと支援するために対策を講じるよう」求めています。

 もう一つは、8月5日に出された最低賃金京都地方審議会の答申です。他県と同じ28円改善ではおおいに不満ですが、審議会総意で抜本的な中小企業支援の転換を国に求めました。府議会意見書をも反映させています。「政府の生産性向上のための業務改善助成金については、現場の声が求める抜本的で実効性のある支援には極めて不十分、直接的支援が必要」「中小企業・小規模事業者の健全で持続的な発展に資するとともに、直接的に賃金引き上げが可能となる環境整備を図るため、真に『直接的かつ総合的な抜本的支援策』をハード・ソフト両面から着実に講じること」など、昨年削除された中小企業支援策についての文言を復活させ、加えて「社会保険料の軽減」「消費税の一定期間の減税」「労働者の可処分所得を実質的に増やす」ことを国に求めています。労働者の最低賃金を改善するうえでの国の役割について、京都府議会と京都地方最低賃金審議会という二つの場で、同様の趣旨が提起されるという新しい局面となりました。国の経済政策、政治の根本が問われています。「労働者の懐をあたためて、暮らしも地域も元気にしていく」道は、コロナ禍という大変な困窮状況の中から、いま新しい大きな一歩を踏み出しました。