第5回 市民生活を守りながら慢性的財政危機をどう打開するのか
平岡和久(立命館大学教授(地方財政論))

5.市民生活を守りながら慢性的財政危機をどう打開するか

(1)財政危機打開の基本的考え方と方向性

 先に検討したように、京都市財政は慢性的危機状況にあり、財政収支の不均衡是正などの財政健全化を進めていくことは喫緊の課題です。しかし、コロナ禍を奇貨として、このままでは財政再生団体になるとして、これまで市民の反対があってできなかった福祉事業や独自施策の見直しを性急に進めるやり方には違和感があります。また、改革計画における財政収支見通しにもとづく歳出見直し目標等は過大であり、市民サービスカットや市民負担増によって得られた財源を財政再建のみならず、大規模投資事業をはじめ成長戦略にもとづく事業に使うのではないかという強い疑念があります。市民生活への影響をできる限り抑えるには、過大な目標設定にもとづく性急なリストラや成長戦略へのシフトを行うのではなく、市債の元利償還を安定的に行うことができる範囲で、ソフトランディングを図るよう計画すべきです。

 市の行財政改革計画では、2025年度(令和7年度)の必達目標として公債償還基金の残高1000億円以上が示されています。毎年度の市場公募債償還費が数百億円に上ることや今回のコロナ禍にみられる予期せぬ財政収支悪化を考慮すれば、この目標を基準に計画すること自体は妥当であると考えられます。

 しかし、財政危機打開のためには何のための財政改革かという基本的考え方を問わなければなりません。まず、コロナ禍における自治体の基本的なスタンスとして、コロナ禍で市民の生活と安全を守り、地域における営業と経済を支えるために行政が役割を発揮することが決定的に重要であるという認識に立たねばなりません。そのうえで、行財政改革にあたっては、市民生活を支える保健・福祉・医療を維持し、生活支援、地域事業者支援を優先しながら、緊急性のない投資事業の中止・先送り、ソフト事業の中止・先送りによって財源を確保することが基本となるべきです。また、行政責任を果たすために必要であれば課税自主権の発揮も検討すべきです。

 また、先にみたように、改革計画における財政収支改善目標の設定は過大であり、見直すべきです。消費的経費の過大見積もり、一般財源の過少見積もりなどを割り引けば、2021年度当初予算を基準として、2022年度~2025年度の4年間で250億円程度、2025年度で100億円程度の改善目標で2025年度(令和7年度)の必達目標である公債償還基金の残高1000億円以上を達成できるとおもわれます。財政収支改善には歳出削減と歳入増加を組み合わせることになります。また、さらに高い目標を設定すれば、2021年度当初予算で休止された国保や下水道会計への繰出の復元、福祉サービスの復元などが可能になります。

(2)歳出削減策

 改革計画における歳出削減策と異なる歳出削減の方策を検討しましょう。まず、投資的経費(一般財源ベース)については、先に述べたように改革計画の水準である170億円からさらに削減可能とおもわれます。仮に投資的経費(一般財源ベース)を2021年度当初予算並みとすれば年度平均130億円程度となり、4年間で160億円程度の削減となります。そのためには先にあげた大型投資事業や成長戦略にともなう投資事業の大幅な見直しが必須です。

 次に、消費的経費の見直しです。歳出削減目標を達成するためには、投資的経費と並んで消費的経費の見直しは避けられません。ただし、消費的経費の削減目標を設定するとともに、施策評価、事務事業評価、現場での節減努力によってボトムアップでの目標達成を目指すプロセスを確立したいところです。

 また、人件費については、先に紹介したように、京都市はここ10年間で他都市を上回る正職員の削減を進めてきました。公共部門を強化すべきという新型コロナの教訓を踏まえるならば、財政が厳しいなかでも市全体として職員数を維持することが大切であり、財政危機を理由に安易に職員数を削減すべきではありません。今後、デジタル化などによって業務の効率化を図っていくことはありえますが、業務効率化によって人員に余剰が生じた場合、他の部署での必要な拡充に回すことによって公共部門の再生を図っていくことが大切です。

(3)歳入増加策

歳入増加策については、課税自主権の発揮による税収増加策の検討がポイントとなります。税収増加策としては、以下の点が検討に値します。

1)法人住民税法人税割の税率引き上げ

 法人住民税法人税割の税率は現在8.2%であり、超過課税の上限である8.4%より低い状況です。他都市では制限税率の8.4%を採用している都市が多く存在しています。京都市では税率を8.2%から8.4%の制限税率まで引き上げることで5億円の増収となります(改革計画、参照)。

2)宿泊税の普通税化と定率税化  

 宿泊税は観光振興を図るための施策に徴する費用に充てる目的税です。宿泊税の納税義務者は全ての宿泊者であり、税率は宿泊料2万円未満の場合200円、2万円以上5万円未満の場合500円となっています。2020年度の税収はコロナ禍の影響から大幅に減少していますが、2019年度の税収は調定額ベースで約41.8億円でした。その内訳をみると、2019年度において、宿泊料金2万円未満の宿泊数が1900万件余り、調定額38.1億円と大半を占めます。また、2万円以上5万円未満の宿泊数が53万件余り、調定額2.7億円、5万円以上の宿泊数が10万件余り、調定額1億円となっています(京都市税務統計による)。

 京都市の観光地は住宅地を含む市全域に広がっており、多くの観光客は京都市のインフラや公共サービスによって便益を得る一方、市民は交通混雑などによる負担を強いられています。それゆえ、宿泊税は目的税とするのでなく、普通税に転換し、税収を市民サービスに広く充てることができるようにすることが考えられます。なお、法定外普通税として宿泊税の導入例はありませんが、神奈川県箱根町が検討してきたことは知られています。

 さらに3段階の定額課税から宿泊料に対する定率課税に変更することも一案でしょう。海外のホテルタックスでは定額課税とともに定率課税を導入している例が多くあります。また、日本においても北海道倶知安町が2%の定率課税を導入しています。宿泊料金の分布のデータが得られないため税収の推計はできませんが、京都市の宿泊税において確実に増収を図る方法として、たとえば最低税額200円を維持するとともに3%の定率課税化することが考えられます。

3)市の審議会が答申を出した非居住住宅に対する法定外税導入の検討

 京都市持続可能なまちづくりを支える税財源の在り方に関する検討委員会(以下、検討委員会)は、2021年4月、「非居住住宅の所有者への適正な負担の在り方について」の答申を行いました。答申の「はじめに」では、非居住住宅への課税導入の趣旨を以下のように説明しています。

 「本答申においては,京都市では『非居住住宅』の存在が潜在的な住宅供給の可能性を狭めており,若年・子育て層を中心に定住人口が伸び悩んでいる一因となっているとの課題認識の下,これらへの新たな負担を求めることによって,①住宅供給の促進や居住の促進,空き家の発生の抑制といった政策目的達成の手段としての効果を期待し,また,②現在及び将来の社会的費用の低減を図りつつ,その経費に係る財源を確保するため,『非居住住宅』の所有者に新たな負担を求めることを提言することとした」

 答申は課税方法として3つの案を示しており、8億円から20億円の税収が見込まれるとしています。答申を受けて、京都市は非居住住宅新税導入の方針を表明しており、新税導入が実現すれば、行財政改革計画案の試算における歳入に対してプラスされることになります。

(4)地下鉄事業の経営悪化の問題にどう対応するか

 京都市財政をめぐっては、普通会計の財政危機とともに公営企業会計の財政危機に直面しています。特に問題なのが地下鉄事業です。先に述べたように、地下鉄事業会計は経営健全化計画にもとづく改善の結果、2017年度をもって経営健全化団体を脱したところでした。ただし、確認しておかねばならない点として資金不足比率の算出方法に関わる問題があります。地下鉄事業においては、2019年度決算で23億円の利益を計上したものの、累積資金不足は305億円にのぼっていました。これだけみれば、営業収益が283億円ですので資金不足比率は100%を超えてしまいます。しかし、財政健全化法では、「減価償却前利益」(減価償却費と利益の合計額)をあげていれば、それが解消可能資金不足額としてカウントされることから、結果的に資金不足額なしとなっていました。このことは、地下鉄事業の収益が減少し、「減価償却前利益」が著しく低下すれば、資金不足比率がいきなり急拡大するというリスクを抱えた構造となっていたことを示しています。

 京都市が8月4日に公表した「令和2年度交通事業決算概況」によれば、地下鉄事業の営業利益は2019年度の283億円から2020年度の192億円へと大幅に減少しました。そのため、2020年度決算に基づいた累積資金不足は371億円、財政健全化法における資金不足額が120億円、資金不足比率は62.2%となりました。資金不足比率が経営健全化基準(20%)を超えたことから、2020年度は経営健全化団体になることが確実です。

 しかし、地下鉄事業の90億円もの営業収益悪化の要因は、海外からの入国管理・抑制を含む国の新型コロナ対策による社会経済活動の抑制策にあります。それゆえ、地下鉄事業の減収に対して国は補てんを行うことが求められます。京都市は地方団体と連携し、国交省に対して地下鉄事業への財政支援を要求すべきです。

おわりに

 京都市によれば、今回の行財政改革計画案には9013件のパブリックコメントが寄せられました。しかし、京都市の回答・対応としては、市民サービスの見直しや市民負担増にかかわる見直しは全くなく、「都市の成長戦略」において一部意見を採り入れたのみとなっています。パブリックコメントのプロセスは一種のガス抜きとしての役割があるといってよいでしょう。

 ただし、ショックドクトリン的手法の影響があったとはいえ、市民の財政に対する関心が高まったことは確かでしょう。住民自治の観点からすれば、今次の財政危機問題を、財政を市民がコントロールするという理念を実質化する契機にしなければなりません。そのためには、財政について市民が学習し、「だまされない」ための知恵をつけていくことがきわめて大切です。

 市民の財政学習と自治体労働運動や議会の取り組みが結びつくことによって、市民参加によるボトムアップ型の行財政改革を、トップダウンによる財政再建主義+経済主義的な改革に対峙させていくことが期待されます。

 今次の財政危機に対して、コロナ禍での感染防止と社会的弱者支援を優先し、福祉施策の維持を優先するとともに、地元中小企業・地場産業を中心とした地域内経済循環の確立を目指しながら、市民参加によるボトムアップ型の行財政改革による財政維持が目指されなければなりません。

 また、経済主義的な「都市の成長戦略」ではなく、内発的で維持可能な発展と格差・貧困の克服を目標としながら、脱原発・カーボンゼロの取り組み、歩いて暮らせるリノベ型まちづくりとイノベーションを生み出すエコシステムづくりが模索されなければなりません。

 本稿が市民運動、自治体職場、議会などでの熟議の一助となれば幸いです。