中小企業振興基本条例で
一人ひとりが元気になる地域づくりを
舟木 浩(弁護士)

 京都弁護士会では、2021年9月4日、シンポジウム「中小企業振興基本条例で一人ひとりが元気になる地域づくりを-コロナ後の自治体のあり方を考える-」を開催しました。新型コロナウィルス感染症の感染状況を踏まえてオンライン配信のみとなりましたが、当日は約50名に視聴して頂きました。さらに多くの皆さんに条例の意義を知って頂き、京都府内に中小企業振興基本条例の取組みを広げるきっかけとするため、「ねっとわーくKyoto Online」で報告をさせて頂くことになりました。なお、この論稿は個人的な感想や見解をまとめたものであり、京都弁護士会としての見解を報告するものではないことをお断りしておきます。

 シンポジウムは、3つのパートによって構成されていました。

 第1部は、京都橘大学教授・京都大学名誉教授の岡田知弘さんによる基調講演です。「中小企業振興基本条例で一人ひとりが元気になる地域づくりを」と題する講演では、京都府の企業の99.8%が中小企業であるという実情や、東京に法人所得額が集中している実態を確認し、地域を豊かにするためには、大規模公共事業や企業誘致型の開発ではなく、地域内再投資力を高めて地域内経済循環をつくっていくことが重要であることを共有しました。

 第2部は、京都府内における実践例として、与謝野町、京都市、長岡京市のそれぞれの取組みの報告です。与謝野町では、2012年4月から与謝野町中小企業振興基本条例が施行されています。与謝野町商工振興課の小室光秀さんと社会福祉法人よさのうみ福祉会の藤原さゆりさんから報告してもらいました。よさのうみ福祉会は、指定管理者として町立の宿泊型保養施設である「リフレかやの里」を運営しており、市場の流通に乗らない規格外の野菜を活用した特産品づくりを行って、障害者雇用の場を生み出し、地元農家の皆さんからも感謝されているそうです。地元の皆さんも安心して商品を購入でき、好循環が生まれているとのことでした。また、京都市では、2019年4月から京都市地域企業の持続的発展の推進に関する条例が施行されています。京都市産業観光局地域企業イノベーション推進室の五味孝昭さんと京都府商工団体連合会の久保田憲一さんから報告してもらいました。五味さんからは、中小企業の皆さんが主役であり、行政はその後押しをしていくとの発言がありました。久保田さんからは、京友禅の蒸しの工程で必要なボイラーが壊れた場合に1000万円以上の修理費用がかかることなどの実例を交えて、伝統産業を支援する施策の必要性が強調されました。京都市は、自治体の役割について、なるべくお金をかけずに「プラットフォーム」の設定にとどめるスタンスだと思われますが、久保田さんのお話を伺って、一定の金銭的な支援、少なくとも、公契約条例のような自治体発注での優遇策は必要だろうと感じました。他方、長岡京市は、まだ条例は制定されておらず、2022年10月制定を目指して、2021年7月から(仮称)長岡京市中小企業振興条例検討会における検討が始まったところです。検討会の会長である岡田知弘さんと、長岡京市で事業をしている多貝酒店の多貝有美さんから、京都中小企業家同友会乙訓支部、長岡京市商工会、長岡京市商店会連絡協議会がそれぞれ条例制定に向けた提言や要望を提出し、検討会の設置に至った経緯が報告されました。

 第3部は、第1部と第2部で登壇された皆さんによるパネルディスカッションです。条例制定の経緯について説明を追加してもらいながら、新型コロナウィルス感染症の影響や行政の対応などを意見交換しました。多貝さんからは、長岡京市の住民の皆さんにはまだまだ周知されておらず、これから主体的に参加してもらえるように市民への呼びかけが必要であるという発言がありました。

 今回のシンポジウムを踏まえて、中小企業振興基本条例で一人ひとりが元気になる地域づくりを進める取組みを6つのステップに整理してご紹介したいと思います。

① 条例を制定しようと行動する事業者や市民が存在すること
 条例制定の第一歩は、事業者や市民が「条例をつくろう」と声を上げることです。与謝野町では産業振興ビジョン策定に向けて2010年7月に第1期与謝野町産業振興会議が設置され、条例制定検討の提言がまとめられました。京都市では2016年8月に京都市中小企業未来力会議(現在は京都市地域企業未来力会議)が創設され、2018年9月に「京都・地域企業宣言」が発表されて、条例制定に至りました。長岡京市でも、商工会や京都中小企業家同友会乙訓支部などの諸団体が条例制定の提言や要望を市長に提出し、それらを受けて検討会が設置されています。

② 条例制定の議論にはいろいろな立場から参加してもらうこと
 条例を地域づくりにつなげるためには、製造業やサービス業などの一部の業種にとどまらず、地域の皆さんが広く参加できる場が必要です。与謝野町では、条例制定の議論に地元業者や農家の皆さんも積極的に参加しました。産業振興会議が13回開催されたほかに、条例のプロジェクトチーム会議や各団体との意見交換会など約30回にわたる議論が積み重ねられたそうです。また、京都市の中小企業未来力会議には、毎回、多様な業種の中小企業若手経営者、金融機関、中小企業を支援する機関の職員、市職員など100名ほど参加されたようです。そして、長岡京市では、発足した検討会に農業や医療・福祉団体の代表も加わっているそうです。京都市の未来力会議が希望者の自発的な参加であるのに対し、与謝野町の産業振興会議や長岡京市の検討会は委員が選任されている点に違いはありますが、会議の場にこだわらず、住民に関心を持ってもらって意見を出してもらえるような工夫が必要です。

③ 議論を通じて「我がまち」の相互理解と理念の共有が進むこと
 条例は、その制定過程に重要な意義があります。条例制定に向けた意見交換の場が一部組織の「宛職」で占められていて形骸化していては意味がありません。住民それぞれが抱える不安なども声に出して共有し、まちの現状を知ること、その上で自分たちのまちをどうしていきたいのかを考えていくことが重要です。与謝野町では、2006年に加悦町、岩滝町、野田川町の3町が合併していますが、隣の町のことを知らない状況から出発し、お互いに胸襟を開いて話し合いを重ねたそうです。また、京都市は、未来力会議に関する定期的なニュースレターの発行などにより周知を図っています。

④ 議論された内容を条例の趣旨や枠組みなどに反映させること
 条例の前文には、まちの特徴や課題が反映されることになります。与謝野町の条例では、自然循環農業の取組みや丹後ちりめんを主力とした織物業などに言及され、「経済活力が地域内循環する産業振興を図る」ことが明記されています。また、京都市の条例では「伝統産業や先端産業をはじめ、様々な産業を営む企業が数多く存在している」と指摘され、「京都・地域企業宣言」の実践を支えて「平和で持続可能な社会の実現に寄与すること」を目指すとされています。京都市の条例は、対象が大企業を含む「地域企業」となっていることが特徴となっています。

⑤ 条例制定後の継続的な議論の場を残して検証を続けること
 条例はそれぞれの地域の特性を踏まえつつ豊かな地域づくりの取組みを進めていくことを宣言するものであり、条例制定が終着点ではありません。与謝野町の条例には、条例の目的の達成や施策の実施についての審議を行うための場として産業振興会議を設置することが明記されています。そして、これまで産業振興会議において、産業振興に関する提言や事業の政策協議などがされてきました。これに対し、京都市では、現在も京都市地域企業未来力会議が開催されていますが、条例には未来力会議が明記されておらず、その位置づけが不明確となっています。

⑥ 検証された内容を条例や施策の見直しにつなげていくこと
 住民の数や世帯構成、地域の課題は時間の経過とともに変化していきます。中小企業が防災や地域文化の担い手としての役割を担うこともあり得ます。また、条例に基づく施策を実施していく中で、新たな課題が浮かび上がるかもしれません。条例制定10年目を迎えた与謝野町では、第6期産業振興会議(2021年~2022年)において条例の改正が検討課題となっています。この会議には地元高校の生徒や大学の学生に参加してもらうことにしたそうです。新たな視点で地域を見直す機会になると思います。また、岡田知弘さんら京都橘大学の教員と協力しながら地元の生産と消費の両面から地域経済循環の分析を進めようとしており、その成果も条例の内容や施策に反映されることが期待されます。