第1回 新型コロナウイルス感染症対策の概要と保健所
中村 暁(京都社会保障推進協議会 医療部会)

はじめに

 中国が原因不明の肺炎をWHO(注1)に報告したのは2019年12月31日。武漢市当局が新型コロナウイルスによる死亡例を報告したのが2020年1月11日。そして同月16日、日本で初の感染確認。以降、私たちの暮らしは一変した。
 一体、何がどうなっているのかわからないままあっという間に2年が過ぎた。
私は普段、医療政策を扱っているので医療問題の視点からコロナ禍を捉えてきた。しかし、どうもそれだけでは現実に迫ることが出来ない歯がゆさを抱く。2021年に開催した福祉国家構想研究会の連続講座で「感染症対策には医学の知見=専門知だけでなく、社会問題知・政策知の複合知が必要である」と岡﨑祐司氏から教わった。強く心に残る言葉である。
 私には新型コロナ禍のもたらした「ありとあらゆる問題」を総体として捉えて論ずる「知」はない。しかし出来る限り視野を広げてコロナ禍で起きている事態を捉え、より良い対策の実現を目指したい。そこで「公衆衛生」について取り扱うことにした。
 社会保障制度としての公衆衛生政策は、歴代政権がもっとも軽んじてきた分野である。国だけではなく、地方自治体も同様である。私は京都市が2010年に行政区単位の保健所を全廃したとき、現場の保健師さんたちと反対運動にかかわった経緯がある。保健師さんたちは専門職として、保健所が地域にある意味を熱く語ったが市当局には響いていなかった。思えば、保健所と保健所が核となって進めるべき公衆衛生政策に対する軽視は、新型コロナ禍が起こるまで日本の行政機構全体が侵されていた「病気」のようなものだったのではないか。
今日、社会保障としての公衆衛生政策の再確立が強く求められており、その中核である保健所の再生が必要である。これが本稿を書いた問題意識である (注2)。

(注1)World Health Organization 世界保健機関
(注2)本稿は『新しい薬学を目指して』(発行・薬学者集団、Vol.52 No2~4)に掲載された「公衆衛生 行政-その変遷とこれから求められること」を全面的に改稿したものである。

1 新型コロナウイルス感染症への対応における保健所業務の概観

(1)新型コロナ禍に対応する法律と中核である保健所
 コロナ禍への対応は主に「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(「特措法」)と「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(「感染症法」)に基づいている。
具体的対応は都道府県単位でなされ、その中核を担う行政機関が保健所である。
コロナ禍を受け、メディアも保健所の窮状を取り上げることが増えたが、それ以前に保健所が人口に膾炙(かいしゃ)することは稀であった。しかし公衆衛生政策を論じる場合、保健所を置いては何も語ることができない。保健所の創設経緯、歴史については後に詳しく触れるとして、はじめに今日、コロナ禍における保健所の役割・業務を概観する。

(2)京都府における新型コロナ医療提供体制 
 京都府での新型コロナに対する基本的な医療体制(図①)をみておく。
発熱等症状のある人は原則、「診療・検査医療機関」(発熱外来)として府と京都府医師会の集合契約に参加する医療機関に受診し、医師の判断によりPCR検査、抗原検査を受ける (注3)。 
 陽性と診断した場合、医療機関は「保健所」に発生届を提出する。
 保健所は入院医療コントロールセンターと協議し、当該患者を入院・自宅療養・宿泊療養に振り分ける。新型コロナウイルス感染症は感染症法上の「二類感染症」扱いであり、入院勧告の対象とするのが原則だが、実際は「診療の手引き」(注4) に基づいて国の通知が発出され、その基準によって振り分けられる。

(注3)それまでの「接触者・発熱者外来」に代わり、国の通知に基づいて診療・検査医療機関が設置されたことで地域の医療機関で検査が受けられるようになったのは2020年秋、しかし京都府ではその医療機関名が何と「非公開」だった。住民にとってみれば、発熱した際にどこに受診すれば良いのかが公開されていないという、患者を愚弄するあまりに異常な事態であり、それが1年余りも続いていたことになる。国が診療報酬上、診療・検査医療機関として都道府県のホームページ等で医療機関名を公表していることを算定要件とする診療報酬がつくられたことを受け、2021年10月29日に公表となった。医療団体では京都府保険医協会が早い段階から非公開は公衆衛生政策上あり得ないとして、医療機関の個別の同意を前提として府に対し強く公表を求めていた。この非公開が原因で感染が拡大した可能性も否定できないはずである。なぜこれほど公表が遅れたのか、責任の所在の明確化・再発防止に向け、真相解明が何としても必要である。
(注4)厚生労働省「 新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き・第5.2 版」https://www.mhlw.go.jp/content/000815065.pdf
「新型コロナウイルス感染症の無症状や軽症の方で、重症化リスクのある者(※1)に当たらず、入院の必要がないと医師が判断した場合(※2)には、宿泊療養又は自宅療養を行うことができる(4月2日事務連絡)。
※1)①高齢者、②基礎疾患がある者(糖尿病、心疾患又は呼吸器疾患を有する者、透析加療中の者等)、③免疫抑制状態である者(免疫抑制剤や抗がん剤を用いている者)、④妊娠している者
※2)発熱、呼吸器症状、呼吸数、胸部レントゲン、酸素飽和度SpO2 等の症状や診察、検査所見等を踏まえ、医師が総合的に判断

(3) 新型コロナ感染症対策における保健所の基本的業務
 新型コロナ対策における保健所の基本的な業務は、相談・検査対応、受診先の調整、積極的疫学調査、自宅療養者の健康観察、患者の搬送、公費負担手続きなど多岐にわたる。但し業務の範囲、遂行方法は感染拡大当初より変更されている部分もある。また都道府県ごとに業務の在り方に違いがある。
 尚、保健所には「都道府県型保健所」と「政令市型保健所」が存在するが、以下に箇条書きしたのは本稿執筆時点(2021年12月)の京都府の保健所(都道府県型)での標準的な対応業務の流れである。

 1) 医療機関からの「発生届」受理。
 2) 陽性患者につき、京都府の設置する入院医療コントロールセンターと入院または宿泊療養施設、あるいは自宅療養の調整。
 3) 入院医療機関等への患者搬送。
 4) 積極的疫学調査(感染源調査・接触者調査)実施。陽性確定患者から発症14日前(潜伏期1~14日)から陽性確定の日までの行動の聴取。発症2日前から陽性確定日までの間で濃厚接触者を特定。PCR検査を実施。これにより判明した陽性者も2)の取り扱い。
 5) 自宅療養者・宿泊施設療養者・濃厚接触者の健康観察。

2 保健所の疲弊と健康観察中の死亡事例の発生

 入院しなかった陽性患者は保健所の「健康観察」の対象となる。
 自宅療養は、国の定める入院基準に該当せず、自宅での安静が可能であり、外出せずに生活でき、専用の個室があるなど同居者と生活空間を分ける環境があり、スマートフォンや電話を用いて健康状況を相談することができる方が対象になる。
宿泊療養は、国の定める入院基準に該当せず、施設での安静が可能であり、施設の居室内で生活でき、ADL(日常生活動作)が自立しており、スマートフォンや電話を用いて健康状況を相談することができる方が対象とされる (注5)。
 療養中は自ら検温・記録し、貸し出されるパルスオキシメーター(注6)で酸素飽和度(SpO2)を計測する。保健所は体調を確認するため、毎日、療養者への連絡を電話やMY HER-SYS(注7)と呼ばれるシステムで行う。

(注5)「新型コロナウイルス感染症」宿泊療養・自宅療養のしおり(京都府山城北保健所)
(注6)パルスオキシメーターは、皮膚を通して動脈血酸素飽和度(SpO2)と脈拍数を測定するための装置。赤い光の出る装置(プローブ)を指にはさむことで測定する。一般社団法人日本呼吸器学会ホームページhttps://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=139
(注7)My HER-SYS(マイハーシス)は、陽性者本人等がスマートフォンやパソコン等で自身や家族の健康状態を入力できる健康管理機能。My HER-SYSから入力した情報は、管轄している保健所へ反映・共有されるため、本人等の状態を迅速に把握し、適切なフォローが可能になるとされる。厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00129.html

(1)自宅療養中の死亡事例
 感染が拡大し、病床ひっ迫が深刻化すると全国で自宅療養中の死亡事例が発生した (注8)。
 第3波では京都市でも80代の独居女性が入院を6日間待つ間に重症化し、肺炎で亡くなっていたことが新聞報道(2021年1月16日)で明らかになった(注9)。
 第4波では自宅療養中だった20代の基礎疾患のない男性がゴールデンウイーク中に死亡した。男性は4月29日、発熱・咳等の症状を発症。5月2日感染確認。同月3日、入院希望するも基準にあてはまらず自宅療養となった。同月5日、京都市が健康観察の電話を5回入れるもつながらず、6日未明に死亡確認となった。

(注8)朝日新聞は独自調査結果として「自宅や高齢者施設での療養中に亡くなった人が、8月末までに全国で少なくとも200人を超える」と報じた。(朝日新聞デジタル 2021年9月24日) https://www.asahi.com/articles/ASP9S64W2P9JULEI008.html
(注9)京都新聞(2021年1月16日)

(2)宿泊施設療養中の死亡事例
 京都府が宿泊療養施設として借り上げるホテルは3カ所あり、うち1カ所は「重症化リスク」のある人、あと2カ所は軽症者を対象としている。
 第4波では、京都府でも宿泊施設療養中の死亡事例が発生した。死亡したのは60歳代の基礎疾患のある男性。5月17日発症(咳・咽頭痛)、19日陽性判明。20日宿泊療養施設に入所。発熱が治まらないまま経過、25日の22時10分を最後に看護師の連絡が取れなくなり、翌26日13時10分に看護師が部屋を訪問、心肺停止を確認。搬送先の病院で14時9分、死亡が確認された。

(3)死亡事例が明るみにしたこと
 事例発生により、保健所の「健康観察」自体を問い直す必要が生じた。
 現行の仕組みでは、陽性となっても入院対象とならず自宅・宿泊施設で療養する患者に対しては、保健所が「健康観察」し、入院や外来受診を必要とする場合の調整も保健所が担う。つまり患者は陽性となった時点で主治医の管理下から外れる。第5波で自宅療養者が最多であった8月26日、その人数は全府で4,495人。その多くが京都市民であり、1カ所の保健所で患者の生命や健康を守ることは困難である。新聞報道によるとコロナ禍以降の京都市保健所スタッフの残業は最大1,995時間(注10)にも及ぶ。「健康観察」が不全に陥ると、自宅療養中の患者は医療との接点を失う。
 自宅療養に比べ看護師はじめ医療スタッフの常駐する宿泊療養施設の安心度は高い。しかし、それでも死亡事例は発生した。府内3カ所ある宿泊療養施設には看護師が派遣され常駐しおり、医師は京都府医師会から時折出務(午後1時30分~3時30分(注11))している。死亡事例発生を受け、府は体制の強化やマニュアルの改定等に取り組んだ。だが宿泊施設はあくまで施設であって医療機関ではない。医師を中心として、看護師はじめ医療スタッフがチームとなって一人一人の患者の生命を守るという当たり前の医療現場での体制はとれない。
 それらの欠陥は死亡事例を受けようやく鮮明となった。患者に必要なのは「健康観察」ではなく「医療保障」である。自宅療養であれ、宿泊施設療養であれ、必要な医療が保障される仕組みが必要なはずである。
 自宅療養患者への医療について、京都府は民間医療機関の協力を得て事例発生から「訪問診療チーム」を立ち上げていた。第5波の最中からは、府の保健所が地区医師会と連携しての健康観察や必要に応じた往診等も開始された。これはそれまで仕組み上、保健所が抱え込まざるを得なかった業務を地域の開業医らも参加して担う体制が作られたことを意味した。
 一方、京都市保健所も対策を講じた。京都府医師会と連携し「京都市電話診療所」 を設置した。しかし往診は行わない前提であった。京都市が「訪問」も含んだ健康観察を委託したのは市内病院の設置する訪問看護ステーションであり、市内の地区医師会 と連携した往診を含む医療体制は作られていない。このように府保健所と市保健所の対応は分かれた。こうした状況となったのは、京都市が2010年に実施した行政区保健所の全廃と関連がある(後述)。

(注10)京都新聞(2021年4月29日)
(注11)2021年6月現在

(4)保健所の疲弊
 行政の想定を超えた感染爆発を受け、講ずるべき対策は様々にある。まずは受け入れ病床の拡大、宿泊療養施設の医療機能拡充、あるいは臨時的医療施設設置も検討すべきである。一方、現実に自宅療養患者の増加は避けられない以上、自宅療養患者の生命を守る医療提供が保障される仕組みも必須である。その点で府保健所と府内の地区医師会の実践は貴重である。感染者数が増加すると保健所は疲弊し、破綻する。現在の保健所数、従事スタッフ数ではすべての自宅療養患者の生命を守ることなど不可能である。無理に無理を重ねてはスタッフの生命さえ奪われかねない
だが保健所は法制度上、新興感染症の中核機関である。にもかかわらず、これほどの困難に陥ってしまった。それはなぜなのか。(つづく)