福島第一原発事故被害の子どもたちが開いた解決への道筋
―原発被害の苦しみの淵から這い出るために―
福島敦子(原発賠償京都訴訟 原告団共同代表・大飯原発差止京都訴訟 世話人)

子どもたちの健康被害

 福島第一原子力発電所(以下福島第一原発と表記)の爆発事故が発災してから今年で11年が過ぎます。

 私が現実になってほしくないと常に思っていたことに、子どもたちの健康被害があげられますが今年に入り、司法判断を求める段階に来てしまった事態の深刻さに大きく落胆し、あらためて福島第一原発事故が世界でも類を見ない公害事件であることを感じずにはいられません。
 2011年3月11日、大きな連動した地震が太平洋沖で起き、たくさんの方が命を落とすこととなる津波が広範囲に発生しました。福島第一原発は、明らかに地震により炉心を冷却することができなくなり、何度も寄せる津波が追い打ちをかけました。次々と爆発事故が起こり、炉心内にあった放射性物質を世界中にまき散らしました。

311 甲状腺がん子どもネットワーク
HPより


 2022年1月27日、この福島第一原発爆発事故が起因し放出された放射性物質により被ばくし甲状腺がんを発症したとして、事故当時6歳から16歳で福島県内に住んでいた男女6名が、東京電力株式会社(以下東電と表記)に対し損害賠償を求める訴訟を起こしたのです。

 福島原発事故発災からちょうど10年にあたる2021年3月11日。その2日前の9日に原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は2020年報告書を公表しました。福島第一原発事故について、「放射線被ばくが直接の原因となる健康影響が将来的に見られる可能性は低い」とした報告です。この中で、大阪の医療問題研究会が出している放射線障害を示唆した論文が非科学的に批判されたことは大きな驚きでした。さらにGillian議長は、福島県の県民に事故による放射線被ばくが直接の原因となりうる健康への悪い影響は報告されていないと強調したとされています。これではまるで加害者国と東電が放射性物質による被ばく発症被害者に対し、原因は原発事故ではないとくぎを刺すかのようなタイミングと悪辣さが前面に出た報告であったといえます。
 その1年後に提訴されたこの「311子ども甲状腺がん裁判」は、同日記者会見を行いました。 若い原発事

故被害者6名のうち発言された女性は、「孤独な闘病が続き、将来の不安もありながらも、身近にいる同じように病気に苦しむ仲間たちとともに、たくさん孤独に闘い続けている闘病中の被害者の希望になりたい」と語り、女性のこの思いに、多くの感情を揺り動かされた方も多いと思います。
 ここで、記者会見の中で彼女が話した「孤独な闘病」とは何でしょうか。
 その一例について、原発賠償京都訴訟原告でもある鈴木絹江さん宅へインタビューに伺った時の談話を記したいと思います。それは、甲状腺がんになった時の治療方法の一つである放射線治療についてです。

 

311甲状腺がん裁判提訴会見
原告女性の会見
OurPlanet-TV YouTube画像より

重たい鉄格子の扉の中(アイソトープ室)で、患者の子ども1人が3日間入り、食事は鉄格子から受け取り、もしも気持ちが悪くなって吐いたとしても、他の人が被ばくしないように全て自身で完結させなければならない「大変苛酷な治療方法」なのだと言います。退院し、家に帰ったとしても家族の被ばくを避けるためにトイレ使用時は何回も何回も流さないといけないと続けました。子どもたちは、「放射性物質」から身を守るためにいくつもの努力を重ね、闘病しなければならないのです。
 車椅子に乗り裁判所へ駆けつけてくれていた鈴木さんはさらに教えてくれます。この数日間だけでも大変な闘病生活なのに、身体に障害を持った方にはこの治療法を「選択できる人」が限られてくると話しました。インタビュー当時、鈴木さんはすでにご自身が甲状腺がんを患い、全身に転移していましたが手術を乗り切る体力がないと判断され、自然療法を独学して実践されていました。2021年5月に鈴木さんは他界されてしまいました。原発事故により拡散された放射性物質からの被ばくを避けるために避難することの大切さについて身を削るように訴えてきた避難者でした。
 先ほど、UNSCEARが福島第一原発事故について、「放射線被ばくが直接の原因となる健康影響が将来的に見られる可能性は低い」と書かれた2020年報告書を公表したことを記しました。実際国内では、甲状腺がんをどう評価しているのでしょうか。
 福島県では、原発事故発災当時の県内18歳以下の子ども(平成4年4月2日生まれから平成23年4月1日生まれまでの約37万人)について、チェルノブイリに比べて放射性ヨウ素の被ばく線量が低く、放射線の影響は、考えにくいと「前置き」したところで、子どもたちの甲状腺の状態を把握し、健康を長期に見守ることを目的に甲状腺検査を実施するとしています。その後、震災の翌年度に出生した県民を加えた約38.1万人を対象にした甲状腺検査を引き続き実施しています。

  第43回「県民健康調査」検討委員会が令和3年10月15日に開催され、その参考資料「甲状腺検査結果の状況」を見ると、原発事故前福島県内での甲状腺がんにかかる子どもは割合にして、100万人に1人か2人しかいなかったはずなのに、この10年あまりに約37万人中266人が発症し、222人が甲状腺摘出手術を受けていることが書かれています。(福島復興ステーション▶️県民の生活と健康▶️県民健康調査▶️第43回
 「県民健康調査」検討委員会 参考資料4参照)

 しかしながら、この発表の少し前に刊行された福島県「県民健康調査」報告書2011~2020での総括は、「検討委員会において、先行検査結果に対して、放射線の影響とは考えにくいとの検討が出されているとし、本格検査(検査2回目)結果についても、現時点において発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連性は認められないとの評価が得られ、県民等に対して、各調査段階での原発事故と甲状腺がんとの因果関係等に関する知見を提示することができました」と早々に幕引きをはかるかのごとくまとめています。


甲状腺のエコー検査の様子(原発事故による甲状腺被ばくの真相を明らかにする会 HPより)
http://fukushimakyoto.namaste.jp/akiraka/

これに関しては、京都の「原発事故による甲状腺被ばくの真相を明らかにする会(山田耕作代表代行)」が要請書を提出するなどして、甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連性があると反論しています。

 3.11甲状腺がん子ども基金の代表理事である崎山比早子先生は、我が原発賠償京都訴訟の専門家証人になってくださり、低線量被ばくの危険性を法廷で訴えてくれました。3.11甲状腺がん子ども基金とは、国が責任を果たせる日まで日本国内外に広く寄付を呼びかけて、甲状腺がんになって困難をきたしている子どもたちのサポートをする団体です。先生は、県民健康調査の問題点を、真の甲状腺がん罹患数の把握が出来ないシステムだと指摘します。一次検査でBないしC判定を受けた子どもたちは、二次検査へと進みますが、そこで細胞診になるか経過観察になるか、次回の検査をきちんと受けカウントされるのかは、未知だというのです。それでは、罹患したとしても福島県下の医師会にコントロールされた医者にははじめから「原発事故の被ばくの影響ではない」と不当に念を押されたり、経過観察のうちにさながら自己責任のように置いていかれてしまう患者の家族の孤独と不安を思うと胸がつまります。子ども基金は、福島県外の子どもたちのサポートもしているので、福島県民健康調査が狭義的なことも浮き彫りになっています。

 私は今、脳腫瘍の摘出手術を受けるため地元の病院に入院しながらこの原稿を書いています。入院患者だけに次々と新型コロナの発症者が増え、病室の強制移動や家族の面会すら拒絶され、売店すら行けないような行動制限の中で自身の病気に向き合うのみならず漠然とした不安を抱え入院生活を送るような日々です。
 今回の6人の勇気ある若者たちが、自身の病気に向き合う苦しみや将来への不安など複雑な心情を持ちながら健康被害を東電に訴えたことの大きな意義は記すまでもありません。
 すでに係争中の各地方での原発賠償訴訟、東電刑事裁判、東電株主代表訴訟、子ども脱被ばく裁判(被告は国と福島県)、それぞれの原発の差止訴訟に、「何人も被ばくしない権利を持つ」ことを強く訴えることの風穴を開けてくれました。特に、このように苦しみをかかえる子どもたちは、私たち大人が享受してきたエネルギーの恩恵を充分受ける間もなく罹患してしまっています。加害者へ罪の追及をすることは当たり前ですが、罹患してしまった子どもたちをいかにサポートするかを考えることは、大人の責務だと強く感じます。

 最後に、「311子ども甲状腺がん裁判」の情報を付けます。読者のみなさまの行動は、力になります。支援のほどよろしくお願いします。「311 子ども甲状腺がん裁判」を支援してください。

311子ども甲状腺がん支援ネットワーク https://readyfor.jp/projects/311supportnetwork