第2回 京都市財政の慢性的危機の原因
平岡和久(立命館大学教授(地方財政論))

2.京都市財政の慢性的危機の原因

 京都市財政の慢性的危機には複合的な要因が影響していると考えられます。コロナ禍以前の決算でみれば2018年度の財源不足は113億円、2019年度の財源不足は84億円であり、およそ100億円程度の財源不足構造となっています。

 京都市行財政改革計画案(以下、計画案)による財政危機の原因についての認識は、要約すれば、以下のようになります。

 これまで京都市は福祉、医療、教育、子育て支援など、国や他都市のサービス水準を上回る施策を実施しており、全国トップレベルの保育士の給与や手厚い職員体制を維持し、国保の保険料負担を低く抑えるなど市民生活の下支えをしてきており、こうした施策を維持するために行財政改革を進め、職員数の削減などを行うとともに、成長戦略を推進して経済の活性化と市税収入の増加などの成果を上げてきた。しかし、相次ぐ災害の発生や国の地方交付税大幅削減のなかで、毎年度の高い施策水準を維持するために必要な財源をまかない切れず、収支バランスの不均衡(財源不足)が常態化し、財源不足を特別の財源対策でまかなう状況が続き、財政の持続可能性が失われている。

 以上のような説明からみれば、結局は高い施策水準を見直さなかったから財政危機に陥ったというのが計画案の主張だと言えます。しかし、問題は高い施策水準と言われるものの中身であり、それらを見直す場合の優先順位です。この点について計画案は十分に説明しているとは言えません。

 財政危機の原因をより詳しく見てみましょう。歳入については、計画案では国からの地方交付税の減少による一般財源収入の伸び悩みをあげていますが、この点は他都市でも同様であり、京都市財政の危機をこれだけで説明できるものではありません。市独自にコントロールできる範囲からすれば、主に歳出要因を検討する必要があります。

 計画案があげているのは、①社会福祉関係経費の増加、②国基準や他都市を上回る独自施策の維持・充実、③他都市平均と比較して多い人件費、④他都市と比べて重い公債費負担、⑤今後、公共施設の老朽化に伴う施設の維持管理・更新経費の増大、です。さらに、計画案では、⑥財政危機の原因として、状況の変化に応じた更なる改革の徹底や分かりやすい情報発信による財政状況の共有が不足していることや、⑦新型コロナが厳しい財政状況に拍車をかける状況をあげています。

 そのうち①社会福祉関係経費については、社会福祉制度の充実や高齢化の進展等によって社会福祉関係経費に要する一般財源が増加しているにもかかわらず一般財源収入が伸びていないことは事実です。しかし、計画案では2020年度と2021年度の社会福祉関連経費に要する一般財源を予算ベースでみたうえで、2011年度から約250億円増加としていますが、正確には決算ベースでみなければなりません。決算が確定している2011年度から2019年度まででみれば約175億円増になっているのに対して、その間の一般財源収入は約147億円増となっており、約28億円の不均衡にとどまっています。市の計画案では社会福祉関連経費に要する一般財源と一般財源収入の不均衡をやや過大にみせているとおもわれます。

 また、社会福祉関係経費に要する一般財源の増加に対しては地方交付税算定における基準財政需要額に算入されていることも見なければなりません。総務省のウェブサイトで得られる2014年度から2019年度の基準財政需要額データをみると、京都市の生活保護費・社会福祉費・高齢者保健福祉費の合計額は62億円の増加となっているのに対して、2014年度から2019年度までの社会福祉関係経費に要する一般財源の増加は98億円となっており、約36億円の不均衡となっています。しかし、その分単純に社会福祉関連経費の増加を抑制しなければならないということにはならないのであり、市民生活を守るための優先順位の問題として捉える必要があります。

 次に、②国基準や他都市(ここでいう他都市は政令市を指す)を上回る独自施策の維持・充実については、計画案では、「国制度が充実した時や制度発足時と比較して社会経済情勢が変化した時、財政の規模や確保できている財源に合わせて、国や他都市を上回る施策の適切な見直しを行うべきでした」が、京都市はサービス水準を守り続けてきたため財政運営を大きく圧迫し、制度そのものの持続可能性を脅かしているとしています。国基準(地方交付税措置)を上回る事業としてあげられているのは、国基準を上回る一般財源を充てている額が大きい下水道事業への繰出金(85億円)および国保事業への繰出金(52億円)です。市独自の事業として一般財源を多く充てている事業としては、保育関係(保育士の処遇改善等の保育所等への助成、市独自の保育士の加配)60億円、敬老乗車証(52億円)であり、続いて、市独自の保育料軽減16億円、福祉乗車証13億円、障害者医療費助成12億円などとなっています。計画案では、「制度を持続可能なものとするため、社会経済情勢の変化等に応じた制度の見直しを図る必要があります」としていますが、誤解を生むことを見越した誘導的な記述が目に余ります。そもそも国基準と言われているのは地方交付税における行政項目ごとの基準財政需要額を指すのであり、自治体の標準的な行政ための一般財源保障水準の構成要素に過ぎず、自治体が従うべき基準でも何でもありません。市独自の施策を含め地方交付税を含む一般財源をどう使うかはまさに地方自治の根本に関わるものであり、国基準なる誤解を生む言葉を使うべきではありません。

 次に、③他都市平均と比較して多い人件費については、2011年度から2020年度まで1523人の正職員の削減と、他都市を上回るペースで削減したが、それでも他都市と比較すれば人口換算で約500人多い状況だとしています。給与水準も他都市平均と比べて高い状況にあり、人件費(2019年度時点)は他都市と比べて京都市人口換算で約171億円多いとし、収支バランスが均衡しない要因の一つだとしています。

 しかし、関西の政令市4都市でみると市民一人当たりの職員数は京都市が最も少ない状況にあります。また、給与水準の高さは職員の平均年齢が他都市より高いことが影響していますので個々の職員の年齢に応じた給与が高いことを意味しません(京都市持続可能な行財政審議会第5回資料)。

 また、人件費は単独でみるだけでは十分でありません。正職員を臨時職員や業務委託等に変更する場合、それらは物件費に分類されます。計画案でも委託費については他都市平均より京都市人口換算で125億円少ないことを記載しています。それゆえ、人件費と委託費を合わせると46億円の乖離となります。また、2020年度は人件費の他都市との乖離は3割程度縮小するとされています(京都市持続可能な行財政審議会第5回資料)。そうであれば、人件費と委託費を合わせた他都市との乖離もさらに小さくなっているものと推察されます。ここでも職員数の多さや人件費の多さを過大にみせていると言えます。

 また、職員数を行政部門別にみれば、2020年度において衛生部門(+372人)と消防部門(+240人)の職員数が他都市より多くなっています。衛生部門の職員はごみの収集・処理に関わる職員であり、直営で行わない場合は委託を行うことになるため、人件費と委託費をトータルでみなければなりません。消防部門の職員数の多さについては、京都市の場合、木造家屋が多く、さらに密集市街地および重要文化財等が多く存在することから、国の指針を踏まえて消防署を多く設置していることなどが要因となっています(京都市持続可能な行財政審議会第5回資料)。

 次に、④他都市と比べて重い公債費負担については、計画案では市債残高や公債費の高止まりが財政運営を大きく圧迫しているとしています。

 直近の年度の公債費の負担水準をみるには、財政規模に対する実質公債費の比率である実質公債費比率をみることになりますが、政令市比較でみると、2018年度において11.4%と政令市平均の7.7%と比べて高くなっています。その主な要因として京都市が説明しているのが交付税措置のない市債(地下鉄経営健全化出資債、行革推進債、退職手当債)の償還額が多いことです。2019年度決算における経営健全化出資債現在高は805億円、退職手当債現在高は518億円、行革推進債等の現在高は601億円となっており、2019年度における元利償還額は経営健全化出資債が35億円、退職手当債が25億円、行革推進債等が38億円となっています。計画案によれば、これらの特例的な市債の返済費用は当面の間、増加が続くとされています。

 将来的に市の会計で負担しなければならない負担の財政規模に対する比率をみた将来負担比率も191.2と政令市中で最も高く、政令市平均87.1を大きく上回っています。この主な要因も交付税措置のない市債(地下鉄経営健全化出資債、行革推進債、退職手当債)の償還額が多いことだと説明されています。

 しかし、市の説明によると、政令市平均とくらべて京都市の将来の負債は3600億円多くなっています。そのうちの一部が地下鉄事業への財政支援のための市債967億円です。京都市の将来負担の多さは、確かに地下鉄事業への財政支援967億円によるところも大きいのですが、それだけではないことがわかります。市は平成初期の大規模投資(都市基盤整備)に伴う公債費負担が財政悪化の原因であるとしています。市の説明によると、主な大規模投資事業として、立体交差化事業(JR山陰線二条~花園駅)の事業費が1989年度から2003年度までで330億円、立体交差化事業(近鉄京都線東寺~竹田駅)の事業費が1993年度から2003年度までで280億円、梅小路公園整備の事業費が1991年度から1998年度までで530億円、京都コンサートホール整備の事業費が1992年度から1995年度までで190億円、東部クリーンセンター整備の事業費が1996年度から2000年度までで510億円となっています。ただし、これらの大規模事業のみが問題であるというのではなく、全体として高水準の投資事業が続いたことが問題なのです。これらの事業の財源には市場公募債が充てられています。市場公募債の満期一括償還・30年償還ルールにもとづけば、これらの平成初期の公債費負担は2024年度以降に到来することになり、その後はしばらく市場公募債の高水準の償還が続き、その後に解消されていくことになります。とはいえ、市場公募債の償還のために京都市は独自の償還ルールにもとづき、毎年度公債償還基金を積み立てていますので、ルール通りに積み立てているのであれば、市場公募債の高水準の償還の財源は確保されていることになります。しかし、先に述べたように500億円を超える計画外の公債償還基金の取崩しが行われており、このことが問題になります。多額の市場公募債の発行に伴う公債償還基金への毎年度の積立額が増大したことが財政収支悪化につながる要因の一つになり、財源不足に対する公債償還基金の取崩しにつながった面があるといえます。とはいえ、計画外の公債償還基金の取崩しを回避、あるいは抑制するための事業等の見直しが十分であったかについてはと問われなければなりません。

 ⑤今後、公共施設の老朽化に伴う施設の維持管理・更新経費の増大については、計画案では、整備後50年近くが経過した施設の更新時期が今後10~20年の間に到来するとし、施設の総量の見直しはもとより、新たな価値の付加、更なる魅力の向上を含めて、公共施設のあり方について検討していく必要があるとしています。

 しかし、公共施設については個別施設計画を策定することになっており、行財政改革計画を策定するにあたって個別施設計画との整合性や個別施設計画の策定における市民参加が図られる必要がありますが、それらについての言及がありません。

 ⑥財政危機の原因として、状況の変化に応じた更なる改革の徹底や分かりやすい情報発信による財政状況の共有が不足していることに関しては、計画案では、将来世代への負担の先送り(特別の財源対策)によって現状のサービス水準を維持しており、市の実質的には赤字であることなどについて市民目線に立った情報発信が十分でなかったことや、行政サービスの根底にある市民の高い税負担に関する共有が不十分であったことなどをあげ、行政コスト(税負担)の見える化を更に進め、市民の理解のもとで施策の要否、見直しの議論を進めていく必要があるとしています。

 しかし、ここには市民が行政コスト(税負担)を認識していない点に焦点が充てられ、市の責任はあたかも市民への情報発信不足に矮小化される面があります。そこには現市政のマニュフェスト実現等のための新規事業の展開に財源を使ってきたことを含む評価が抜けています。

 ⑦新型コロナが厳しい財政状況に拍車をかける状況について、計画案では、2021年度予算の財源不足額236億円のうち、新型コロナによる影響が123億円になることをあげるとともに、現時点で、新型コロナの収束が見通せない中で一度落ち込んだ税収が元の水準に戻るまでには相当の時間を要することから、今後も厳しい状況が見込まれるとしています。 しかし、税収の実態をみると、2020年度の国税収入が過去最高となっており、2020年度の地方税収決算見込額(特別法人事業譲与税等を除く)は対2019年度決算でマイナス0.3兆円となっています。コロナ禍で利益を伸ばした産業における法人税収の増加などにより2020年度の国税収入は政府見通しを5兆円以上上回っており、2021年度の地方税収においても法人二税の増収が見込まれます。京都市においては、宿泊税の回復に関しては新型コロナの収束を待たねばなりませんが、税収全体の見通しに関して過度に悲観する状況にはないと言えます。