はじめに
気候変動対策や脱原発の社会的要請を受けて、再生可能エネルギー開発の動きはさらに勢いを増しています。しかし、自然エネルギーとも言われるように、自然環境を資源としているので、原発や火力の代替を担わせて短期間かつ大量に消費するならば、必ず環境破壊をもたらします。適切なルールとマネジメントが伴わないと、その利益は開発資本に集中し、地域社会には環境と経済の疲弊がいっそう蓄積させられてしまうことでしょう。けっして「持続可能な社会」としてめざす姿ではありません。
1.強まる風力発電の開発圧力
再生可能エネルギーの中でも、開発圧力の高まりを見せているのが風力発電です。
政府の第5次エネルギー基本計画(2018年)が示す2030年の電力構成に対して、計画策定時の進捗率は、太陽光と水力は約9割なのに対して、風力は約4割であるとされています。風力発電には開発余地が大きくあるという認識です。
そこで、政府は「2050年カーボンニュートラル」方針の下、大型風力発電の普及を図るための規制緩和を進めています。河野太郎規制改革担当大臣(当時)は大型風力発電開発における環境影響評価法の規模要件の緩和を打ち出しました。現行では10,000kW以上が環境アセスメント手続きの対象ですが、2020年12月の内閣府タスクフォース会合で河野大臣は欧米のように50,000kW以上にするように環境省に強く求めました。欧米の大地広がる国土と日本の狭い国土とを同列に論じるのはあまりにも乱暴です。しぶる環境省に対して、河野大臣は「スピード感がないなら所管官庁を変える」と、年度内に結論を出すよう恐喝するかのように求め、すでに既定事項となって見直し作業が進められています。
この動きを受けて、風力発電業界は活気づき、全国各地で開発計画が立ち上がっています。とりわけ、未開拓分野である洋上風力は産学官あげての推進が図られています。
2.京丹後での風力発電計画
現在、京都府内には大型風力発電所はありません。
2001年11月から稼働していた京都府公営企業の太鼓山風力発電所(3基2,250kW、伊根町野村)は2020年3月に廃止されています(図1)。同発電所を巡っては、2013年3月、3号機の風車落下事故で一時停止した時期もありました。
2018年3月末時点における全国の導入状況(表1)をみると、地域別には、東北・北海道などの外洋に面したところが多く、内陸地(長野県・山梨県・埼玉県)や瀬戸内(大阪府・岡山県・広島県・香川県)は0件です。その後、太鼓山発電所が廃止となり、京都府を含め全国8府県には大型風力発電所がありません。
そうした中、既に発電実績があり、風況も良好とされる丹後半島の山地がターゲットとなりました。2つの事業者が、山地の尾根筋に高さ130~180mの風車を最大41基建設する計画が持ち上がり、早ければ年内にも環境影響評価手続きに入る可能性があります。
3.風力発電所の環境問題
大型の風力発電は、上空の強い風を受けるように、陸上型では高さ100m(約30階建ビル)以上、ブレード(羽)の幅はジャンボジェットの両翼(約75m)より幅広いものとなります。そのため環境影響も多岐にわたって考えられます(表2)。
具体的な影響は、出力や基数、高さ、立地などによって違います。規模が大きい場合は、人里から離れた山中や海沿いに建設されることが多いのですが、開発に伴う土地の改変面積が大きくなり、自然破壊につながりやすくなります。規模の小さなものは、生活に近いところに建てられる傾向があるので、騒音やシャドーフリッカーなどが問題になります。いずれの場合も、風の通り道は渡り鳥などの通り道でもあり、バードストライクなど飛翔する生き物への影響は各地で問題になっています。
丹後半島の山地に計画されている大規模風力発電に関して言えば、近隣集落への騒音や見慣れた景観への支障などとともに、工事に伴う河川の汚濁、渡り鳥などの生態系への影響が懸念されます。それらは清流や生物多様性を資源として営まれている農林水産業などにも波及することでしょう。
東京工業大学大学院(村山武彦教授他)の調査によると、1999年から2012年の間に計画された155件の風力発電では、紛争なく稼働できたものは96件で、30件(約2割)は中止ないし凍結となっています。
環境影響評価法では、2012年に風力発電所(第一種事業10,000kW以上、第二種事業7,500kW以上)が対象事業に追加され、2021年1月19日までに718件の手続きが実施されています。配慮書(立地場所や事業規模を検討する段階)の手続きから方法書(環境アセスメントの実施方法を検討する段階)の手続きに移行する段階で、約3割の風力発電事業が中断しています。配慮書手続きは、計画の熟度の低い段階で行われるので、環境面で問題のある事業計画はふるいにかけられている可能性があります。
4.ためされる地域の力
大型風力発電所のすべてが問題ありというわけではありません。立地や地域の自然環境や暮らし、何よりめざす地域づくりの方向性との兼ね合いの中で、評価し、適切な導入が図られることが大切です。そして、問題のある開発計画はきちんと排除できるように、地域の力を蓄えておく必要があります。
丹後半島での事案に関して言えば、年内にも予定されている環境影響評価法に基づく配慮書手続きに向けて、地域の課題を整理し、守るべき環境を具体的にしておくことが大切です。環境アセスメントは、住民投票や署名運動などと違って、賛成・反対の多少は関係なく(賛否の意見は求めていない制度)、環境対策上配慮すべき情報を地域社会から引き出すための手続きです。たとえ1件のみの意見でも、科学的にみて、環境上取り返しのつかない事案がある場合、事業が止まる可能性もあります。
可能であれば、事業者が配慮書を検討している今のうちに、専門家や自然観察グループなどと連携して「住民からの配慮書」を提示して、行政や地域住民の共通認識を広げておくことをお勧めします。日本には「住民アセス」の伝統があり、コンビナートや道路などの開発計画をストップさせてきた経験があります。参加型の調査・学習活動が、反対運動に力(根拠)を与え、世論を広げます。
市町村は、こうした住民による参加型調査・学習活動に対して、社会教育的観点から人材や情報、資金を提供して、支えることが大切です。
「民主主義の理念の下に公私いろいろの事柄を取り扱う行政者の仕事の一つは、現代の科学と技術を素人の手にもってくる方法を工夫することである。」(リリエンソール『TVA~民主主義は前進する~』岩波書店149頁)
さて、国において環境影響評価法における風力発電事業の対象規模を大幅に緩和した場合、京都府は環境影響評価条例においてどのように対応するのでしょうか。京都府は、国や他の都道府県に比べて、規模用件を厳しく設定しています(表3)。
また、今年5月に成立した地球温暖化対策推進法の一部改正(改正温対法)により、自治体が策定する実行計画において、地域で実施しうる再生可能エネルギー事業などの認定を行い、地域社会との合意形成や環境配慮などのチェックが働く仕組みを設けることになっています(図2)。風力発電の対象規模の要件緩和に対する環境省のささやかな「抵抗」と見られています。ここでも地域の側の対応能力が問われることになります。
おわりに
再生可能エネルギー開発を通じて温暖化防止に貢献しようとするビジネスは尊重されるべきものです。地域づくりのあり方として、外からの力を引き込むことも重要な選択肢です。それらを含め、地域の様々な主体が対話を重ねることの中からこそ、持続可能な地域社会は構築されていきます。政治家が好む「スピード感」という言葉は、持続可能性とは相容れないものだと私は考えます。環境影響評価制度をはじめ国や自治体の仕組みを活用しながら、適切な選択がなされることを期待します。
傘木宏夫(かさぎ・ひろお)
NPO地域づくり工房代表理事、環境アセスメント学会常務理事、自治体問題研究所理事、長野県住民と自治研究所理事・事務局長、長野大学非常勤講師など
主な著書:
『再生可能エネルギーの環境問題 試される地域の力』(2021年8月、自治体研究社)
『環境アセス&VRクラウド』(2015年11月、フォーラムエイトパブリッシング)
『仕事おこしワークショップ』(2012年10月、自治体研究社)など