「過労死のない社会」を目ざして
-過労死防止学会が9月に京都で大会を開催-
細川孝(学会常任幹事、龍谷大学教員)

 過労死防止学会は2015年5月に設立された、まだ10年に満たない新しい学会である。この学会は長く続くことは期待されていない不思議な学会である。過労死・過労自殺(以下、過労死)がない社会が実現すれば、この学会の存在意義はなくなってしまうからだ。一日も早くその日が来ることを願いながら、学会活動に参加している。

 さて、学会はコロナ禍のもとでも大会を継続して開催し、今年で8回目を迎える大会を9月10日、11日に京都で開催する。働く人のいのちと健康を守ることに関心を持つ市民の方にもご参加いただきたいと思い、この小論をしたためている。

過労死防止学会の設立

 2014年6月20日、参議院本会議で「過労死等防止対策推進法」が成立し、同年11月1日から施行された。この法律は過労死家族や研究者、弁護士、労働組合などの粘り強い運動を受けて議員立法として制定されたものである。

 学会の「ご入会のお誘い」(2015年2月9日)には、以下のように記されている。


 この法律の最大の意義は、過労死の防止を国および自治体の責務として定めたこ
とです。法は事業主にも国と地方の対策に協力するよう求めています。これによっ
てこれまで実施されてこなかった過労死の総合的な調査研究が国の責任で行われる
ことになりました。過労死等の防止対策に関する大綱を作成するために設けられた
厚労省の協議会には、防止法制定運動の中心になった家族の会や弁護団のメンバー
も参加しています。                            


 このような動きを受けて、過労死防止学会は「過労死(過労自殺および過労疾病を含む)の実態、原因および背景に関する調査研究を行い、その成果を過労死の効果的な防止のための対策と取り組みに生かすことを目的」(会則、第2条)として設立されたのである。上記のようなことで毎年、大会を開催し、2020年度からは学会誌を刊行しており、今春には第2号が会員に届けられた。

 本学会の性格からして、会員は多様な分野から参加されている。2022年6月11日現在で会員数は292人であり、このうち52人の方が家族会員(過労死遺家族)、15人が学生会員である。残りの一般会員は、研究者、弁護士、医師、ジャーナリスト、労働組合関係者などから構成されている。

 学会は「全国過労死を考える家族の会」や「過労死弁護団全国連絡会議」とも連携しながら活動を続けている。3年ごとに行われる厚生労働省「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の改定に際しては、学会員でもある専門家委員や当事者代表委員が「過労死等防止対策推進協議会」に出席して、意見反映に努めている。

 設立から2018年6月までは森岡孝二さん(2018年8月に逝去)が代表幹事を務められた。それ以降は、黒田兼一さんが2代目の代表幹事の任にある。筆者は常任幹事として学会運営に参加させていただいている。

過労死の現状

 政府は過労死等防止対策推進法にもとづき毎年、『過労死等防止対策白書』を刊行している。2021年10月に公表された『平成3年版』が最新のものになっている。

 これによると、2020年度における「業務における過重な負荷により脳血管疾患又は虚血性心疾患等」(脳・心臓疾患)を発症したとする労災請求件数は784件、労災支給決定(認定)件数は194件となっている。これは前年度に比べてそれぞれ152件、22件の減少となっている。労災支給件数のうちで、死亡に係る件数は67件(前年度比19件の減少)となっている。業種別(大分類)では、労災請求件数、労災支給決定(認定)件数ともに「運輸業、郵便業」「卸売業、小売業」「建設業」の順に多くなっている。

 同年度における「業務における強い心理的負荷による精神障害を発病したとする労災請求件数」は2,051 件(前年度比9件の減少)、労災支給決定(認定)件数は608 件(前年度比 99 件の増加)となっている。後者のうちで自殺(未遂を含む)の件数は81件(前年度比7件の減少)となっている。

 以上の数値に一般職の国家公務員(過労死0件、過労自殺2件)と地方公務員(過労死10件、過労自殺17件)の公務災害を加えると、2020年度における過労死の認定件数は77件、過労自殺の認定件数は100件になる。

 この数値は、実際に労災請求がなされた事案に関するものであり、何らかの事情で請求がされなかった場合も含めれば、過労死はより深刻な社会問題であり続けている。ちなみに、警察庁のデータにもとづけば、2020年における「勤務問題を原因・動機の一つとする」自殺者の数は1,918人となっている(『白書』に掲載)。

 また、上記の数字は、当該年度に労災請求があった件数と、労災支給が決定(認定)された件数であり、労災認定に要する期間を考えれば、必ずしも二つの数値が対応したものにはなっていないことに留意する必要がある。過労死家族や支援者らの粘り強いたたかいに思いを馳せたい。

『令和3年版過労死等防止対策白書』から-(1)
『令和3年版過労死等防止対策白書』から-(2)

過労死の背景にある長時間労働

 労働基準法では、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない」「使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない」(第32条)とされている。しかし、労働基準法第36条の規定にしたがって労使で協定(36協定)を締結し、これを労働基準監督署に届け出た場合には「労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる」とされている。

 時間外労働については、2018年6月の労働基準法改正(2019年4月から施行)によって上限規制が導入された。いわゆる「働き方改革関連法」の一環である。

しかし、この上限規制は、月45時間、年360時間という原則の他に例外規定が設けられている。それは、36協定の「特別条項」によって、「時間外労働が年720時間以内」「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満」を容認するものとなっている。

 また、月45時間を超えて労働させることができる回数は、年6か月まで可能とされている。そして、「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満」「時間外労働と休日労働の合計について、『2か月平均』『3か月平均』『4か月平均』『5か月平均』『6か月平均』が全て1月当たり80時間以内」となっている。

 月100時間、2~6か月の平均が80時間というのは「過労死ライン」とされている時間数である。このように過労死を容認するような「時間外労働の上限規制」に他ならない。

 先の『過労死等防止対策白書』によれば、雇用者(非農林業)の月末1週間の就業時間が60時間以上である者の割合は、最近では2003年、2004年の12.2%をピークとして減少傾向にある。2020年は5.1%(前年比1.3 ポイントの減)である。しかし、性・年齢層別には、男性40代(10.4%)、同じく30代(10.2%)は10%を超えている。

 週60時間の労働時間は40時間の労働時間に加えて20時間の時間外労働(月に換算すると80時間超)ということになる。292 万人(前年比で約 82 万人減)がそれに該当する。依然として多くの過労死予備群が存在することになってしまう。

『令和3年版過労死等防止対策白書』から-(3)

 2021年5月、WHO(世界保健機関)とILO(国際労働機関)が明らかにした報告書によると、週55時間以上働いている人は、脳・心臓疾患のリスクが高まるとされている。週55時間は40時間の他に15時間の時間外労働であり、月に換算すると65時間程度になる。日本の「過労死ライン」は引き下げが急務である。

『2021年5月17日WHO ニュース』から

第8回大会の概要

過労死防止学会の第8回大会は、以下のようなことで開催予定である。

日時:2022年9月10日(土)、11日(日)の2日間。
場所:龍谷大学校友会館響都ホール(京都駅八条口)。
概要:10日と11日の午前中は、自由論題報告(合わせて10本を予定)。 
    10日の午後は、他学会との共同シンポジウムを開催。
    11日の午後は、共通論題シンポジウムを開催。

 他学会との共同シンポジウムは、「過労死•過労自殺の現状と過労死•過労自殺防止の課題」のテーマで開催される。産業衛生学会、うつ病学会、過労死防止学会から演者が登壇される。本学会としては初の他学会との共同シンポジウムの開催であり、「過労死のない社会」に向かた研究の進展が期待される。

 共通論題シンポジウムは、「COVID19災禍と長時間労働」のテーマで開催される。コロナ禍での女性労働、保健所職員と保健師、メディア関係フリーランスの実態、医師の労働の実態についての報告が予定されている。

 詳細は確定次第、学会のウェブサイト( https://www.jskr.net/ )にて公表される予定である。改めて本学会ならびに第8回大会に関心をお寄せいただくようにお願いしたい。

龍谷大学のホームページから

2022年6月18日記(過労死防止法制定8年を前にして)