安倍元首相の「国葬」閣議決定の問題点
大田 直史(龍谷大学政策学部教授 京都自治体問題研究所理事長)

1.はじめに――安倍元首相の「国葬」閣議決定

 岸田文雄首相は、2022年7月14日、首相官邸での記者会見において、参議院選挙運動中に殺害された安倍晋三元首相の「国葬」を行うと表明し、その後、7月22日、内閣はこのことを閣議決定した。松野博一官房長官は、国葬とした理由として、1)安倍氏が憲政史上最長の8年8か月にわたって首相を務めたこと、2)国内外から哀悼・追悼の意が寄せられていること、を挙げた。費用は全額を国の負担とし、財源としては「一般予備費」を使用することを想定するとした。国葬は、内閣府設置法において内閣府の所掌事務に「国の儀式」が規定されていることを法的根拠とすると説明が行われた。

 この「国葬」の催行には以下のような日本国憲法が採用する法治主義とその人権保障にかかる重大な問題点がある。

2.法律に根拠のない違法な国葬

 国葬とは「国費をもって催行される国家的儀式としての葬儀1)」である。国葬は、明治憲法下、1926年制定の「国葬令」(勅令324号)に基づいて行われた。天皇・皇族のほか「国家ニ偉勲アル者」について「特旨」(=特別のおぼしめし)により「賜フコトアル」ものであった。「国葬令」は、天皇の定める勅令でありかつ法律に根拠のない独立命令であったが、それは、明治憲法時代、天皇の葬儀のような大権事項2)に帝国議会は関与できないと解釈されていたことを背景とする3)。現行憲法下の法体系の下で旧憲法下の大権事項にかかわる勅令は大部分が国会で議決される法律をもって定めるべき事項とされた。国葬令も、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」第1条の規定によって、法律をもって定めるべきものとされ、必要ならば早期に国会の議を経て法律として立案されることを促す趣旨で憲法施行の年の年末まで暫定的に法律としての効力を認められたが、その法律は制定されず、国葬令は1947年12月31日をもって失効した。

 国葬が法律によって定められるべきとされた理由は、法治主義の「法律の留保」の原則に関する侵害留保説(=国民の権利や自由を権力的に侵害する侵害行政について法律の授権を必要とする)によるのではないが、新憲法の法体系において天皇の大権事項に属した問題を法律に根拠のない勅令のままとしておくことはできず、国会の審議を経て憲法の諸原理に適合する法律で定めることが日本国憲法下の法治主義では求められるためと考えられる。

 以上のことから、日本国憲法の下で、国葬令が失効し国葬催行には法律の根拠が必要であるが、国葬を定める法律は今日に至るまで制定されておらず、閣議決定による国葬催行は日本国憲法のとる法治主義の原則を無視する違法なものである。

 政府は、安倍元首相の国葬について、内閣府設置法4条3項33号の「国の儀式並びに内閣の行う儀式行事に関する事務」がこの法律上の根拠となりうるとの解釈を示したが、同規定は法律の根拠になりえない。同法は、組織法であり、ほかの法律が国の儀式として国葬に関する事務を定めていることを前提にそれを所掌する組織は内閣府とする法律であり、法律に根拠がない国葬という国の儀式に関する事務を新たにつくりだす法律ではない。

 法治主義は、行政の活動を法律に基づいて行わせることによって国民の人権を保障するとともに行政を民主主義的に統制する意義も有する。法治主義の原則を無視した国葬の催行は、国民の人権侵害に通じる危険性を有するとともに法律によらない恣意的な行政を許す点で違法であることを指摘しなければならない。 


1)『有斐閣法律用語辞典[第4版]』(2012年)。

2)旧憲法下での天皇の権能のうち、帝国議会の召集、命令の発布、文武官の任免、軍の統帥、宣戦、栄典の授与など帝国議会の参与なしに行使できた事項(前掲注1・有斐閣法律用語辞典)。

3)昭和37年2月26日第40回国会 衆議院 予算委員会第一分科会議事録第7号における林修三政府委員の説明

国立公文書館デジタルアーカイブスより

.対象を特別扱いする平等原則違反の「国葬」

 国葬に関する法律の制定は国葬を適法に行うための必要条件であるが、その法律は現行憲法の諸原理に適合していなければならない。全額国費で費用を負担して対象を特別扱いする国葬は、憲法14条の定める法の下の平等に反する可能性がある。明治憲法下、国葬令は天皇の大権を前提としていたため天皇による対象者の国家への「偉勲」評価による「特旨」で国葬の対象を合法的に選定可能だった。しかし、天皇の大権が否定された現憲法の下で、国葬が平等原則に抵触しないというためには、合理的な理由による特別扱いであり、差別に当たらないことが保障される必要がある。それは対象選定の基準、手続、選定機関によって保障されなければならないであろう。ただし、このような制度について国民的合意を形成することは困難と考えられ、国葬令失効後に、法律が制定されてこなかった理由もそこにあるように思われる4)


4) 東京新聞Webの2022年8月28日の記事(共同通信)(https://www.tokyo-np.co.jp/article_photo/list?article_id=198616&pid=758089&rct=politics)は、国立公文書館所蔵の公式制度連絡調査会議の文書に、1960年代前半、国葬について「あらかじめ法律で根拠が定められることが望ましい」と明記されていたが、具体化できないまま、1967年の吉田茂元首相の死去により閣議決定により国葬を実施し、その後、法的裏付けがないからといって国葬を認めないのは「相当でない」との見解に転じた、と報じている。

.国葬は政治的功績評価の国民への押しつけと批判封じ

 国葬が平等原則に反することなく実施されるためには、対象の選定が合理的な理由で行われたことが選定の基準、手続、機関によって保障されなければならないが、今回の国葬決定はそのルールと理由すら示されないままであるほか、そのすべての点において問題がある。

 安倍元首相の政治的な功績の高さが国葬実施の理由の一つに挙げられている。しかし、氏の首相退任から1年と数か月しか経っておらず、国葬を提案した岸田内閣自体その政治姿勢・路線を色濃く継承しており、氏の功績を公正・公平に評価できるとは考えがたい。また、安倍政権は、組織犯罪法改正による共謀罪の導入や安全保障関連法の制定等、憲法違反の疑いの濃厚な法の制定・改正も強行した。また、在任中、森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会問題において指摘された自らの不正疑惑に対しても証拠を示して説明する責任を回避してきた。さらに、今回の殺害事件を契機として氏を含む政治家や自民党等と反社会的なカルト集団である旧統一教会との根深い政治的繋がりも明らかになりつつある。仮に氏に功績があったとしてもこれらの問題によってその評価は大きく減殺されるであろう。

 氏の功績の高さを理由にそれを賞賛する国葬が催行されるならば、一面的な功績評価を国民に強い、氏の負の実績とそれに対する責任究明の途を閉ざし、さらには現政権が引き継ぐ政治姿勢を美化することにもつながるとともに、国葬が合理的な理由のない差別的取扱にあたり平等原則に反することになろう。

.国葬催行は「思想・良心の自由」に抵触する

 安倍氏の死去に対する哀悼の念を個々の国民がもつことは憲法19条が保障する個人の内心の自由に属する問題であり、政府からその表明等を強制されることがあってはならない。今回、磯崎仁彦官房副長官は、「国民一人ひとりに喪に服することを求めているものではない」と述べている。しかし、2020年の中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬では、文部科学省が国立大や都道府県教育委員会に対して弔旗の掲揚や黙祷などを求める通知を出した。また、安倍氏の家族葬に際してすでに、一部の市教育委員会が学校に対して半旗の掲揚や黙祷を小中学校の学校長宛に依頼する通知を出しこれに従った学校もあることが報じられている。全額国費負担による国の儀式としての国葬の実施は、このような公的機関等における半旗の推奨や黙祷等による弔意の表明の要請に繋がるより高い危険性を伴うように思われ、これは国民の「思想・良心の自由」を侵すことに通じる。