対談・インタビュー
第1回 日比野敏陽さん
(京都新聞滋賀本社編集部長 元新聞労連委員長)

第1回 日比野敏陽さん
(京都新聞滋賀本社編集部長 元新聞労連委員長)

深まるばかりの旧統一教会と政治家の底知れぬ闇の関係、延長線上に突如国葬なる儀式も予定されている。ここは気骨のジャーナリストに一言聞かねばならない。記者でありながら在籍する新聞社を刑事告発するという京都新聞のベテラン記者でもある日比野敏陽さんだ。統一教会、国葬、そして在籍する京都新聞社のオーナー告発について話を伺った。

インタビューアー:ねっとわーくKyoto Online編集部 池田豊

■統一教会問題

 ― 統一教会の問題ですが、いま展開がどんどん変わってきています。60年代後半から勧誘、集金をはじめとした異常な組織づくりと被害実態が報道され、いま政治家との結びつきが次々と明らかになってきています。特に最近は日本の政治そのものに深く影響を及ぼしてきている実態が浮き彫りにされてきています。統一教会との関係を認めた議員も「あまり深く知らなかった」で済ませているのが大半という現状です。半世紀以上にわたる日本政治の深部にまで到達させないと日本は変わらないのではないでしょうか。そういった意味でもここから次の段階に進められるかどうかが大きな鍵になると考えています。このあたりはジャーナリスト、ジャーナリズムも問われているのではないでしょうか。

日比野 統一教会問題は私が以前から考えていることといくつか符合するところがあって、個人的には興味を持って取り組んでいます。一つは反共というイデオロギーに対して、特に私たち既存のマスコミの人たちは正面からちゃんと向き合う必要があると思います。新聞という組織の中で働いてみると分かりますが、既存のマスコミの記者が何となく共産党や共産主義、社会主義に対する嫌悪感や危機感をすごく植え付けられているのです。そんな気がしませんか、池田さん?

 ― します、強くあると思います。

日比野 私はいま50代です。若い人はそうでもないと思いますが、私たちの世代前後が特にそういった傾向が強いなと感じています。実際にいまのニュースを発信するキモの部署にいるのはまだそういった考え方に侵されている世代の人が多いのではないでしょうか。ある種の反共イデオロギー、これはイデオロギーではダメだという反共イデオロギーです。これがすごくあります。そういった思考、言説に回り回って統一教会などの動きが絡んで、直接的ではないにしろ自民党議員のバックに回ってお金を出したり選挙支援したり、一定の役割を果たしているのではないでしょうか。私はひょっとしたら統一教会は労働組合の連合をつくった右派グループにも関わっていたのではないかと勘ぐっています。反共、要するに冷戦構造です。すごく支配は進んでいると思います。これを乗り越えていかないといけない。

 ― おっしゃられたある種の反共イデオロギー層ですが、マスコミに限らず共通していると思われます。

日比野 新聞記者になって地方へいくと、いちばんネタをくれるのは地元の共産党議員だったりすることがよくあります。お世話にはなっているのですが、同時に記者として成長していく過程で共産党、共産主義や社会主義、共産党でなくても例えば全労連など共産党に近いと言われる人やグループ、組織、団体に対するある種バイアスがかかった見方も一緒に記者は身につけていくわけです。この辺りは私たちが清算しないといけないと思います。

 ― よく分かります。これまで何度か京都の知事選、市長選などを闘ってきた私の経験でも、選挙母体は独立した「会」ですが、新聞などマスコミでは共産党推薦で選挙構図を「自共対決」と書きます。これでは京都で起きている府政や市政の具体的課題が隠されてしまいます。選挙の構図そのものを歪めてしまう、そういったマスコミの力を感じます。

日比野 現実から目をそらさせて反共というイデオロギーに、政治報道、ひょっとしたら社会部の報道でも少なからぬ影響を受ける、そういったある種のバイアスが本人は意識しているかどうかにかかわらず存在しているのではないでしょうか。それが例えば小泉改革が騒がれたときに派遣法の大幅緩和、派遣事業の見直しなどの新自由主義政策に対してきちんととらえることができなかった。ようやく数年前から「貧困」や「格差」としてとらえるようになってきていますが、これらはもっと早くから批判的にとらえることができたわけで、マスコミにも責任があると思います。

 ― なぜそうなったと考えておられますか。

日比野 抽象的な言い方ですが、強弱は別にして反共というイデオロギーにとらわれている意識があったのではないでしょうか。そこの部分は統一教会を含めたさまざまな影響を受けていたのではないかという気がしています。

 ― 統一教会問題はもっともっと深いところまで追及する必要があります。集会に出たとか、メッセージがどうこうといったたぐいの話で終わらせてはだめですね。

日比野 個人的にはそういったレベルの問題で済ませてしまわないか懸念しています。 国民の力も問われますが、ジャーナリスト、ジャーナリズムの真価が問われていると思います。

■国葬問題

 ― 統一教会問題とも関連しますが、安倍元総理の国葬問題について少しお聞かせください。京都自治体問題研究所や京教組が国葬に関する声明を出しました。残念ながら今回、国葬に関して声明を出している京都府内の団体の数は多くありません。1967年吉田茂の国葬時と比較しても大きくことなります。国葬は国民に安倍政治の評価を暗黙のうちに強制することです。世界各国から元首、代表が集まるところを国民に見せながら偉大な、こんなにすごい立派な安倍晋三・・それを私たちの税金を使ってやるわけです。しかも自粛、黙祷、半旗強要といった動きも見られます。国葬による憲法否定のようなことが現場で起こるわけです。特に地方自治体の現場では相当軋轢が生じる。吉田茂の国葬に際して当時の蜷川府政はいっさい指示を出していません。もっと自治体の現場から当局への申し入れにとどまらず、声明や見解などを対外的にも示し、世論形成をする必要があると思います。

日比野 自治体や学校は様子見をしているのでしょうが、待っていてはだめですね。原則に基づいて対応、行動することでしょうが、ここは逆にメディアが問いかける必要があると思っています。国葬はマスコミの同業者間でよく話題になりますが、例えば「悲願の憲法改正を前に凶弾に倒れた安倍晋三」といったような取り上げ方は絶対にしない、「憲法改正を訴えた安倍晋三」はいいのですが、「憲法改正を前に・・」といった表現はどうかと私は思っています。憲法改正は彼の悲願だったのかも知れませんが、まるでその流れだったかのように位置づけられるのはよくないですよ。「安倍氏の憲法改正の遺志を継いだ岸田云々・・といった話はやめたいね」と言った声も出ていますが、この辺りは事前にきちんと議論しておく必要があります。池田さんから自治体の話が出されましたが、例えば自治体を取材するメディアに対して「こういった観点で問いかけてください」といった提案型の問いかけがあってもいいかなと、私は思います。

 ― そうですね、それぞれが果たせる役割ってありますからね。同時に国民も思いに応えてくれるジャーナリスト、ジャーナリズムを支える、励ますという意識を持たないといけないでしょうね。

京都新聞社オーナー告発問題

― 京都新聞は京都府民の情報源としていちばん影響力を持つ老舗の地方紙です。同時に創刊時から長くオーナーの白石家が経営に影響力を持ってきたことは私たちも知るところです。今回、その白石家を現役の記者が会社法違反で刑事告発するという事態に読者はもちろん、府民の方もいったい何があったのだろうと驚き関心を寄せています。

日比野 1980年代の終わりからオーナーである前相談役白石浩子さん(地方紙で唯一新聞協会会長も務めた白石古京氏=故人=の息子の妻)に、株主配当以外に毎年京都新聞社から3000万円以上、子会社からも同様に毎年幾ばくかのお金が相談役としての報酬名目で支払われていました。相談役としての実働がないのに、です。昨年設置された経営問題に詳しい弁護士グループによる第三者委員会は本年4月、子会社も含め総額約19億円が白石氏側に渡されていたと明らかにしています。これは実働に伴う支払いではなく、特定株主に対する不正な報酬であったと認定されています。京都新聞ホールディングス(HD)は、これは会社法違反で不正であったことを認めています。京都新聞HDは本年6月28日に白石浩子さんに対し、時効を迎えていない5億1100万円と延滞損害金の返還を求める民事訴訟を起こしました。翌29日は株主総会、同日私たちが告発状を京都地検に提出したのです。

― 28日に訴訟を起こしたことを、京都新聞HDは総会対策もあってか29日の株主総会の席上で発表しています。同じ日、日比野さんたちは関西新聞合同ユニオンとして告発されています。

日比野 京都新聞HDは仕方なく6月28日に返還訴訟を行ったのでしょうね。私はいま関西新聞合同ユニオンという組織に入っています。ここはフリーのライターやジャーナリストの人たち、何らかの事情で社内の労組に入っていない、主に関西以西の人たちで構成している組織です。私たちはこの組織を通して告発したのです。

― 告発した背景は何だったのでしょうか。金額も大きいですし返還訴訟だけではだめだ、と?

日比野 返還訴訟は当然求めるべきですが、私自身、当初は刑事罰を求めることは誰かがやるだろう程度に考えていました。

― 京都新聞社と京都新聞HDの関係を簡単に整理していただけませんか。

日比野 2012年までは京都新聞社でしたが、持ち株会社制に移行して京都新聞HDになりました。私たちが現在在籍しているのは新しい京都新聞社です。存続会社は京都新聞HDで看板を描き換え、新しい新聞発行・編集事業をする会社として(株)京都新聞社をつくり、そこへ全員が移動したのです。

― 新聞の編集権はどうなっているのでしょうか。

日比野 現在の新しい新聞社にあります。京都新聞HDは定款では事業持ち株会社ですが、所在地は御池通の貸しビルに入っています。自社の紙面でも不正ではないかと書いていましたから、私たちは新しい京都新聞社が告発することを期待しましたが、社内からも労組からも京都新聞HDからも結果的に告発の声は出ませんでした。29日の株主総会で白石浩子氏の息子の京大氏は任期満了で一応役員から降りることになっていました。

― これで幕引きにしたいと?

日比野 容易に想像できる動きでした。それはないだろうと思って誰も告発しないのであれば株主総会の日に合わせて告発状を出そうと思ったのです。私自身が関係する流れは非常に単純で、みなさんが期待するような深い流れがあるものではありません。

― ですが「ハイこの件はこれでお終い」と幕引きしてしまうと、事象そのものはなくなるでしょうが、体質は変わらないでしょうね。京都新聞HDが時効になっていない部分だけ返還を求める訴訟を起こしましたが、これも私なんかはかたちだけのような気がしています。これくらいはしないと批判を浴びると考えたのではないか、と。

日比野 そういう側面はあると思います。でもどのような決着がつくのか、私たちはもちろん多くの人が注目しています。22年の4月に第三者委員会報告がされ、総額約19億円にのぼる不正な報酬が長きにわたって支払われていたことが明らかになりましたが、歴代の役員は白石浩子氏の顔色をうかがってこの不正な報酬をとめることができなかったのです。2000年以降、国税から指摘を受けたものの体質は変わらなかったなど、第三者委員会の報告は厳しい内容です。お金を渡していた元代表取締役の一人でもあった白石京大氏もここ数年間にわたって不正なお金を支払った責任があるとされています。京都新聞HDが自ら作らざるを得なかった第三者委員会ですが、編集権は京都新聞にあるわけですから、この報告は京都新聞紙面でも全文掲載されています。

― 第三者委員会の報告書を受け取った京都新聞HD側の対応はどのようなものでしたか。

日比野 報告書を受けてことし4月に事実経過を公表し謝罪しています。ですが白石京大氏を解任することはありませんでした。彼は6月29日の株主総会で任期満了で退任しています。子会社からもおかしいという指摘があったのですが、それ以上の動きはみられませんでした。

― そういった経緯からみても返還訴訟のみでは体質が変わることはないでしょうね。

日比野 京都新聞HD側は、渋々とばれちゃったからこれくらいは仕方がないといった対応だと思います。誤解して欲しくないのは、私たちは京都新聞HDが返還訴訟は行うと聞いていましたが、それが胡散臭いので刑事訴訟に訴えたということではありません。時系列からしても後からの話です。

― 株主総会で白石京大取締役を任期満了で退任させることで処理すればなんとか収まるだろうくらいに思っていたのかも知れません。長い目で見れば返還訴訟も含め刑事告発は、京都新聞の体質を変えるような方向に向かうと思われますか。

日比野 そうなればいいのでしょうが、白石家が大株主であり続けること、そして白石家の意を受けた方々が京都新聞HDという持ち株会社を実質的に支配運営をして新聞の製作・発行を担っている限りは、構図も体質も大きく変わることはないと思います。問題なのは資本の法人形態です。京都新聞HDが新聞の編集権を持っている子会社の京都新聞社の社長あるいは編集者の首をすげ替えることは出来るわけです。大株主、すなわち資本家一族のお気に召すかどうかで言論報道機関の根幹が左右されることは良いことではありません。例えば自民党を批判するからダメとか、共産党に肩入れするからダメとかいうことではなく、気に入らないから、大株主にもの申すからといったことかも知れませんが、どちらにしても荒っぽく言わせていただくと、社長といえども丁稚の頭みたいなものです。言論報道機関がそれで良いのかなとは思いますね。

― 表現は悪いですが、所詮雇われ社長みたいな・・

日比野 そうです。任期は1年ですから株主総会が回ってきて再任しないと言われればそれまでです。再任されなかっただけでクビになるわけではありません。子会社の社長はそういうものです。

― 資本主義社会が抱える力の一面をみる思いがします。そういった面も含めて私たちは今後の展開、動きをよくみていく必要があります。大株主と新聞社の関係でこういったケースはよくみられるのでしょうか。

日比野 大株主がいらっしゃるのは河北新報、中国新聞などいくつかあります。ですが新聞事業、報道事業、あるいは関係している事業に対しては、いずれも権力の振る舞いが非常に抑制的です。今回の問題で京都新聞HDの動きを見ていて分かったことは、大株主が自分たちの気に入らないところを突かれると子会社の京都新聞社長といえどもクビにするというのか、再任しないかたちでことが進むということです。私たちが告発に至ったのはそこに警鐘を鳴らさないといけないという思いが強かったのです。

― もっとお聞きしたいのですが時間がきました。ありがとうございました。